株式会社UPF社長・仲手川啓氏に聞く、AI事故が「真面目な社員」から起きる理由

 経営が把握するより先に、現場が生成AIを使い始めている。「まだ導入していない」と思っているのは、経営だけかもしれない。

 この状況に認証支援の現場から向き合うのが、支援実績累計5,500社超・株式会社UPFの代表取締役・仲手川啓氏だ。同社は、AIマネジメントシステムの国際規格「AIMS(ISO/IEC 42001)」の認証支援をいち早く開始した一社でもある。MiraLabが直接話を伺った。

 氏が語るのは、悪意ゼロの真面目な社員が起こす事故の話。そして、AIの管理体制が「取引条件」に変わっていく、これからの数年間の話だ。

目次

株式会社UPFはどんな会社か

――まずは自己紹介をお願いします。株式会社UPFはどんな会社なのでしょうか。

 当社は世の多くの情報セキュリティサービスの中でも、マネジメントシステムの認証に特化した会社です。

 ISMS(ISO/IEC 27001に基づく情報セキュリティマネジメントシステムの認証)やプライバシーマーク(Pマーク)、TISAX、PCI DSSなど、扱っている認証は他にも約20カテゴリーあり、その新規取得・更新・運用の支援をメインにしています。

 創業は2005年で、2011年に今の認証支援事業へ完全にPIVOTしました。そこから15年、PマークとISMSの取得・運用支援を軸に、累計5,500社を超える企業をご支援してきました。Pマークの取得支援では業界シェアNo.1(同社調べ)で、現在も3,000社近くのお客様の更新や運用を定期的にサポートしています。

――15年間、認証支援の現場と向き合ってこられて、こだわってきたことは何でしょうか。

 規程を作って審査に通って終わり、ではないということです。「現場で本当に回り、経営にも活かせる仕組み」に落とすところまで伴走する。そこにはこだわってきました。

 認証を取らせることが目的ではありません。認証を通じて企業の信頼を実務で支えることが、私たちの仕事の本質だと考えています。

 その延長線上で、UPFは2025年にAIMS(ISO/IEC 42001)の認証支援を開始し、AI領域を専門に扱う「AIマネジメント支援課」を新設した。きっかけは、顧客企業の現場で起きていた変化だったという。

AIMS(ISO/IEC 42001)とは

2023年に発行された、AIマネジメントシステムの国際規格。AIの「性能」ではなく、AIをどう使い、リスクをどう管理するかという「組織の体制」を第三者が認証する仕組みだ。日本では2025年7月にISMS-AC(情報マネジメントシステム認定センター)による認定が始まったばかりで、審査機関はまだ数機関にとどまる。記事後半で、仲手川氏がPマーク・ISMSとの違いを含めて詳しく解説する。

経営は「まだ使っていない」現場は「もう使っている」

――「AIマネジメント支援課」を新設された背景やきっかけは、何だったのでしょうか。

 一言で言えば、お客様の現場で、先にリスクが顕在化し始めたからです。

 PマークやISMSの運用支援で毎月企業の中に入っていると、この1〜2年で明らかに景色が変わりました。経営がAI導入を決める前に、現場が先に生成AIを使い始めているのです。

 議事録の要約、メールの下書き、翻訳。便利ですから当然使う。ところが、何を入力してよくて何がいけないのか、線引きを持っている会社はほとんどありません。

 セキュリティの世界では、ルールが技術の後追いになるのは常ですが、AIはそのスピードがまるで違いました。

note(ノート)
Claude Codeに夢中だからこそ、"食わせてはいけないもの"を先に決めておきたい|仲手川啓 | 株式会社UPF代... 最近、正直に告白すると、私はClaude Codeに夢中です。 経営者として日々のリサーチや資料作成、情報整理に使ってみているのですが、これがもう本当によくできていて、ちょ...

 AIの利用に関するガイドライン作りの支援自体は以前から行ってきましたが、片手間では対応できないほど問い合わせが増え、他の認証の担当者が兼務でこなせる数ではなくなりました。

 もう一つ、AIの進化があまりにも速いという事情もあります。私たち自身が絶えずキャッチアップし、それを次々にサービスへ落とし込んでいかなければならない。だからこそ、兼務ではなく専門の部署でやるべきだと判断しました。

――経営が決めるより先に、現場が勝手に使ってしまっている。そこが大きな課題になっているのですね。

 はい、いわゆる「野良AI問題」です。

 社長が「まだうちはAIを使っていない」と思っていても、社員が個人のアカウントで勝手に使っているケースがあります。

――野良AIによって、どのような問題が起きるのでしょうか。

 まず、会社から見えないという問題があります。メールの誤送信であればログが残りますが、社員が個人アカウントでAIに何を入力したかは、会社からは原則見えません。

 そして情報漏洩。さらに、見落とされているのが退職時です。

 会社が契約しているクラウドサービスや業務ツールのアカウントは、退職時に停止すれば問題ありません。しかし個人アカウントのAIの中には、それまで入力した情報がすべて残っています。

 つまり、情報をそのまま持ち出されることになります。このルールが整っていない会社が非常に多いのです。

 個人のLINEアカウントでお客様とやり取りするのは、かなり危険です。AIも同じで、法人の専用アカウントを作って使ってもらい、離職時には必ずそれを停止する。本来は当然行うべきことですが、AIではほとんどできていないのが現状です。

――AIに情報を入力すること自体の危険は知られていても、「使う側が漏らす」リスクは見落とされがちな印象があります。

 取引先のリスクもあります。たとえば採用の一次選考を代行する会社に履歴書などの情報が渡り、それが先方の個人アカウントのAIに入力されている。そういう構図になってしまうことがあるわけです。

 求職者の情報を、秘密保持契約も結ばずに第三者へ出しているわけですから、完全な情報漏洩です。そこは誠実に向き合わなければならないと思います。

――こうしたリスクが、企業の中で見えにくくなっている原因はどこにあるのでしょうか。

 事故の定義がまだないことだと考えています。情報が漏れたら事故、というのは誰でも分かりますが、「AIの回答を鵜呑みにして資料を作った」は、多くの会社でまだ事故として扱われていません。

 定義がなければ報告も上がらず、可視化されようがありません。

 そして、経営と現場の認識ギャップです。経営層は「うちはまだAIを本格導入していないから大丈夫」と考えている。しかし現場は、とっくに使っています。

 導入していないのではなく、把握していないだけ。このケースが非常に多いのです。

――なぜ、そのようなことが起きているのでしょうか。

 便利さが上回ってしまうからです。これはセキュリティの世界で繰り返されてきたことで、便利さが先に行くと、セキュリティは置き去りになります。

 AIもまったく同じです。AIの便利さが先行し、ガバナンスや体制が置いていかれている。だからこそ、事故が起きるまで分からないのです。

事故を起こすのは「悪意ゼロの真面目な社員」

――AIが高度なサイバー攻撃に使われるというニュースも出ています。ただ、UPFが日々向き合っているのは、企業が普通にAIを使う中で起きる「現場リスク」のほうだと伺いました。この違いをどう捉えていらっしゃいますか。

 攻撃は「悪意ある第三者との戦い」、現場リスクは「悪意のない真面目な社員が起こすリスク」です。

 例えるなら、攻撃対策は泥棒対策で現場リスクは社員がうっかり鍵を開けたまま外出してしまう話です。そして実際に企業で事故になるのは、圧倒的に後者なのです。

 もう一つ大事な違いがあります。攻撃に対しては防御製品もベンダーもあり、守ってくれるプレイヤーがいる。しかし現場リスクは、その会社自身がルールを作って教育していくしかありません。

 だからこそ私たちは、派手な攻撃の話より、この地味ながら確実に起きている手前のリスクに向き合っています。

――現場リスクとして「情報漏洩」と「誤情報(ハルシネーション)」の二つがよく挙がります。それぞれどういうリスクで、何が違うのでしょうか。

 情報漏洩は「出してはいけない情報が、外に出てしまう」リスクです。顧客情報や設計情報をAIに入力した瞬間、それは社外のサーバーに渡っています。設定次第では学習に使われる可能性もあります。

 誤情報は矢印が逆向きで、「信じてはいけない情報が、中に入ってきてしまう」リスクです。AIは分からないことでも、もっともらしく自信満々に答えます。それが検証されないまま、資料や判断に混ざり込んでいきます。

 外に出るか、中に入るか。向きは正反対ですが、共通しているのは、どちらも悪意なく、業務の善意の中で起きることです。

情報漏洩は「出してはいけない情報が外に出る」、誤情報は「信じてはいけない情報が中に入る」という逆向きの矢印で表した図解
情報漏洩は「外に出る」、誤情報は「中に入る」(図:編集部作成)

――現場では、どちらのほうが「気づかないうちに起きている」と感じますか。

 圧倒的に誤情報のほうです。漏洩は「入力した」という行為が残るため、後からでも発覚しやすいのです。

 しかし誤情報は、間違った内容が正しい顔をして資料に紛れ込むため、実害が出るまで誰も気づきません。しかも実害が出たときには、どこでAIが間違えたのか遡れないことが多いのです。

――2023年には、大手メーカーの従業員がソースコードや会議内容を生成AIに入力し、機密が漏れたとされる事案もありました。この種の悪気のない漏洩は、なぜ起きてしまうのでしょう。

 あの事案が象徴的なのは、漏らした本人たちがむしろ仕事熱心だったことです。バグを早く直したい、会議を効率よくまとめたい。その一心で実データを入力してしまった。

 なぜ起きるかといえば、従業員にとってAIの入力画面は、見た目がただのチャットや検索窓と同じだからです。心理的には「調べ物」の延長であり、「これは社外への情報送信だ」という感覚が働きません。

――業務のどんな瞬間に起きやすいのでしょうか。

 明確です。締切に追われていて、「手元の実データをそのまま貼れば一瞬で終わる」とき。

 議事録の要約、コードのデバッグ、契約書のチェック、顧客メールの返信案。いずれも、実データを貼るのが最も速い業務です。

 一番ラクができるときが、一番危ないときなんです。

「ハルシネーションに気づかないハルシネーション」が始まっている

――この1年で、実際に「危うい」と感じたAI利用はありましたか。

 最も危ういと感じたのは、認証審査の準備そのものをAIに任せきってしまうケースです。

 審査に向けた規程や想定問答をAIで作り、「これでいきます」と持ってこられたことがありました。一見、きれいに整っているのです。

 しかし中身はAIの「模範回答」の域を出ておらず、その会社固有のリスクは手つかずのまま。当然そのままでは審査は通りませんし、何より実際のリスクが残ったままです。

 AIというのは統計から一般例を返してくるものですから、その会社にとってどうなのかというところには、まったく踏み込んでくれません。「あなたの会社の一番危ない部分はここです」とは言ってくれないのです。

 もう一つ、模範回答は総花的であるため、重要度の濃淡がつかない。結果として、本来なら手をかけなくてよいところに工数をかけすぎることにもなります。

――その現場では、危うさに自分たちで気づけていたのでしょうか。

 ご自身たちでは気づいておらず、私たちが外から指摘して初めて発覚しました。

 逆に、PマークやISMSの審査を自分たちだけで通そうとして、途中で立ち行かなくなり当社に相談に来られるケースもあります。中身を拝見すると、やはりAIで作ったものだった。そういうことが本当に多いのです。

 同じことは、取引先とのやり取りでも起きています。お客様から「この取引先は大丈夫ですか」と相談を受け、先方に「AIのガイドラインを見せてください」とお願いすると、明らかにAIで作ったものが出てくる。プロが見れば、必ず分かります。

――プロが見ると、分かるものなのですね。

 人が中に入っていないのです。つまり、実際には何もしていない状態です。

 取引先に求められたから出す、という姿勢が透けて見えてしまう。今のAIは回答をきれいに作れますから、堂々とハルシネーションを起こしていても、出した側はそれで問題ないと思ってしまうのです。

 そういう会社は事故も起きますし、事故が起きる以前に、そうしたものを提出している時点で自分たちの信頼を落としている。もう、その時点で代償を払っているのです。

 AIが進化すれば、ハルシネーションは減っていきます。ただその分、「ハルシネーションに気づかないハルシネーション」になってきているのです。

 実際、審査機関も今は、規程がAIで作られたものかどうかを見るようになっています。

 もう一つ、日々のやり取りで私たち自身が体感しているのが、AIで作った文章をそのまま先方に送ってしまうケースです。明らかにAIが書いたと分かるメールや資料が、推敲されずに届くのです。

 下書きに使うこと自体は正しい使い方です。ただ、人間の推敲というフィルターを通さずに出せば相手に必ず伝わりますし、会社の信頼を静かに削っていきます。

 使うな、ではありません。リテラシーというフィルターを一枚、必ず通す。それが私たちの伝えたいことです。

AIの下書きを人間の推敲フィルターに通してから相手へ送る流れの図解。フィルターを通さずそのまま送ると信頼を削る
AIの下書きは、人間の推敲フィルターを通してから相手へ(図:編集部作成)

――UPFの社内では、AIを活用している業務はありますか。

 もちろん使っています。私たちは規程を作ってお客様に納品し、改善していく仕事ですので、誤字脱字のチェックなどは当然のようにAIを使いますし、人が時間をかけて行っていた業務には相当活用しています。

 ただ、チェックの後には必ず人間のフィルターを通します。そこは変えません。

AIは「オーナーの言うことを聞きすぎる」

――「間違えたら実害が出る」領域で、AIの誤りが実害につながった例、つながりかけた例はありますか。

 ハルシネーションと並んで実害に直結しているのが、AIのバイアス、つまり判断の偏りです。偏った判断も、広い意味での誤情報だと私は捉えています。

 典型が人事の領域です。人事評価や履歴書の一次スクリーニングにAIを使うケースが増えていますが、海外では、AIのバイアスによって特定の属性の候補者が不当に低く評価されていた、という問題も起きています。

 実際、「一次面接をAIで自動化して、百人から十人に絞り込んでいます」と堂々と言う会社もあります。しかしそこには、率直に言ってかなりのバイアスがかかっているのです。

――偏った判断も、広い意味での誤情報だ、と。

 怖いのは、AIが勝手に偏るのではなく、指示する側の無意識の偏見を、AIが忠実に増幅することです。AIはオーナーの言うことを聞きすぎるのです。

 正しい条件を入れているつもりでも、日常的にAIを使っている人が自分のアカウントで使えば、「こういう人が社内でトラブルを起こしたから、こういう人は避けたい」といった会話まで、AIは汲み取っています。過去の採用データや評価基準に偏りが含まれていれば、それを人間より徹底的に再現します。

 それによって、本来落としてはいけない人を落としている。そもそも適正な判断ができていないのです。

 しかも現場は「書類選考の工数が減った」と効率化を実感しているため、なおさら気づけません。これは実際、かなり起きています。

 実害は明確です。本来採るべき人材を、誰も気づかないまま失い続けるという機会損失。そして、差別的な選考と受け取られれば、企業の信頼は一度で損なわれます。

 採用と人事評価は、「間違えたら実害」の領域に確実に入っています。

無意識の偏見をAIが忠実に増幅し、偏った採用判断が機会損失と信頼リスクにつながる流れの図解
無意識の偏見をAIが増幅し、偏った採用判断につながる(図:編集部作成)

――逆に、「AIだからこそバイアスがかからない」という見方もあります。実際はどうなのでしょうか。

 いいえ、かなりかかっていると思います。

 だからこそ、しっかりとした定義を入れることと、任せきらないことが大事です。AIはあくまで下書きレベルで使い、仮にバイアスがかかったとしても、人間のフィルターが必ずかかるようにしておくべきだと考えます。

――最近は、稟議や承認のフローもAIで自動化して、最終確認だけ人間が行う動きも出てきています。Googleも2026年4月、同社で新しく書かれるコードの75%をAIが生成していると公表しました。ここにリスクはありますか。

 どんどんそうなっていくべきだと思いますし、実際そうなっていくと思います。人間の仕事は、承認することに寄っていきます。

 だからこそ、承認する人のリテラシーまでAIに任せることはできません。任せてしまえば、取り返しのつかないものになってしまいます。

 むしろこれからは、そこが最も重要になってきます。そこは、会社が考えなければならない部分だと思います。

何から手をつけるか。「概念」を決めてから線を引く

――企業は何から手をつけるとよいのでしょうか。「まずこれだけはやっておきたい」という最初の一歩を、優先順位も含めて教えてください。

 最優先は「会社の方針」を定めることです。細かいルール作りでも、ツール選定でもありません。

 会社でいえば、ミッション・ビジョン・バリューを決めてからルールを作るのと同じです。まず概念を決める。その次にガイドラインがあって、その下に社内のルールがある。概念は変わりませんが、ガイドラインとルールは変わっていきます。

 避けたいのは、「プロンプト(AIへの指示文)の書き方」のような末端のルールから手をつけることです。AIの進化は速すぎるため、細かいマニュアルはすぐ形骸化します。原理原則から作れば、ツールが変わっても方針は生き続けます。

 そして進化が速い領域ですので、「継続的に見直すこと」自体をルール化する。ここまでがワンセットです。実際に私たちのお客様には、AIのガイドラインを2ヶ月に1回のペースでアップデートしている会社もあります。

note(ノート)
AI社内利用規定、そろそろ本気で整えませんか──ISO/IEC 42001をベースにしたルール策定の話|仲手川啓 | 株... 最近、「AI社内利用規定を作りたいんですが…」っていう相談がめちゃくちゃ増えてます。ここ数か月で一気に来た感じ。やっぱりみんな、どこかで「このままじゃまずい」と気...

 そして「今日からできる一歩」を求める方には、AIの利用を禁止せず、すべて法人ライセンスに切り替えることをお勧めします。かなり大づかみな対策ではありますが、有効です。

 個人アカウントが危険なのは、退職した社員が、会社情報の入ったアカウントをそのまま持ち出せてしまうからです。まず法人アカウントで、会社として「手綱を握る」ことです。

――「従業員教育」「ツールの利用制限」「利用ログの監視」のうち、現場で一番手応えがあったのはどれですか。

 ツールの利用制限。正確に言えば「公認ツールの提供」です。

 理由は、人の行動を変える施策の中で、意志に頼らないものが最も強いからです。教育は重要ですが、効果は時間とともに薄れます。ログ監視は抑止にはなりますが、「ではどうすればよいのか」を現場に示せません。

 一方、「会社としてこのAIを契約した。データは学習に使われない設定にしてある。業務ではこれを使ってください」と安全な道を用意すれば、社員はわざわざ危険な道を選びません。

 禁止は迂回されますが、公認は使われるのです。もちろん三つは択一ではなく、公認ツール×教育×ログの組み合わせが理想ですが、最初の一手として最も費用対効果が高いのは環境整備だと考えています。

 取材の途中、仲手川氏が一枚の資料を示した。顧客企業にも配っているという、AIの利用ルールをまとめた資料だ。

AI利用ルールの資料を示しながら説明する株式会社UPF代表取締役の仲手川啓氏
AI利用ルールの資料を示しながら説明する仲手川氏

 やっていいこと、やってはいけないことを、青信号・黄信号・赤信号に分けて一枚にまとめたものです。これをお客様に配って、社内に徹底してくださいとお願いしています。

 線の引き方には原則があり、「入力する情報の機密度」×「出力が向かう先」の2軸で切るのが実務的です。規程は読まれませんが、一枚の表は見られます。ルールは「検索されるもの」ではなく「目に入るもの」にするのが、現場で回すコツです。

「信号機ルール」の引き方

青信号(自由に使ってよい)
公開情報・一般知識だけを扱う業務。公開済みの自社サイト文章の校正、業界の一般的な調べ物、社外秘を含まないアイデア出しなど。

黄信号(要申請)
実データを入力する業務。顧客情報を含む文書の処理、契約書のチェック、人事に関わる文章など。

赤信号(原則禁止)
特定個人を識別できる情報や、取引先から秘密保持義務を負って預かっている情報の入力。

――読者がその場で自己チェックできる、「これは避けたい」というNG行為も教えてください。

 一つの目安をお伝えすると、「その出力を、AIが作ったと明かした上で相手に出せるか?」を自問してみてください。出せないのであれば、検証が足りていないということです。

その場でできるセルフチェック

情報漏洩の黄信号
①個人名・連絡先・顧客リストなど、個人情報をそのまま入力している
②契約書・議事録などの実データを丸ごと貼り付けている(要約や翻訳の目的が非常に多い)
③個人アカウントのAIを業務で使っている

誤情報の赤信号
①AIの回答を裏取りせずに社外向け資料に載せている
②法令・規格・数値など「間違えたら実害が出る情報」をAIだけで確認している
③「AIが言っていたので」を根拠として使っている

――中小企業のほうが大企業より「むしろこじれた」というパターンはありましたか。

 あります。大企業は動きが遅い代わりに情報システム部門があり、勝手なツール導入に一定の歯止めがかかります。中小企業は意思決定が速く現場の裁量が大きいがゆえに、AIの浸透も「無秩序に速い」のです。さらに一人が複数業務を兼ねるため、経理も顧客情報も人事情報も扱う人がAIに入力を始めると、リスクが一気に会社全体に及びます。

 ただ、逆のことも言えます。中小は社長が決めれば短期間で体制が作れる。これは大企業にない強みで、実際、私たちの支援でも立ち上がりは中小のほうが圧倒的に速いです。早く決めて早く作る。中小企業こそ、その強みを活かすべきだと思います。

AIMS(ISO/IEC 42001)とは何か

――そもそもAIMSとは、何を「認証」する仕組みなのでしょうか。かみ砕いて教えてください。

 かみ砕いて言えば、「この会社は、AIを安全に・責任を持って使う仕組みを、組織として持っています」ということを、国際規格に基づいて第三者が証明してくれる仕組みです。

 大事なのは、認証されるのが「AIの性能」ではなく「AIとの付き合い方の体制」だという点です。どんなAIを、どんな目的で、どんなルールのもとで使い、リスクをどう洗い出し、問題が起きたらどう対処するか。その管理体制全体が、ISO/IEC 42001という規格の要求を満たしているかを審査されます。

 社内ルールとの決定的な違いは、続く仕組みかどうかです。社内ルールは、作った人が異動すれば止まります。AIMSは1年ごとのサーベイランス審査、3年ごとの本審査で外部の目が入り続けるため、体制が生き続けます。

――PマークやISMSと、AIMSは何が違うのでしょうか。

 守る対象で整理すると最も分かりやすいと思います。Pマークは「個人情報」を守る仕組み。ISMSは、個人情報に限らず、技術情報や営業秘密も含めた「情報全般」を守る仕組み。そしてAIMSは「AIの利用そのもの」を管理する仕組みで、情報を守るだけでなく、AIの出力の信頼性、判断の偏り、責任の所在まで含めた、AIと組織の関係全体を扱います。

 イメージで言えば、Pマークが「特定の資産の守り方」、ISMSが「資産全体の守り方」、AIMSは「新しい道具の使い方と付き合い方」です。守る話から、使いこなす話へ一歩踏み込んでいるのがAIMSです。

PマークISMSAIMS
規格JIS Q 15001ISO/IEC 27001ISO/IEC 42001
守る・扱う対象個人情報情報全般(技術情報・営業秘密を含む)AIの利用そのもの
イメージ特定の資産の守り方資産全体の守り方新しい道具の使い方と付き合い方
中心となる論点個人情報の適切な取り扱い情報を守ること出力の信頼性・判断の偏り・責任の所在
Pマーク・ISMS・AIMSの棲み分け(表:編集部作成)

――既にセキュリティ体制がある会社は、それを土台にできますか。

 7割は同じで、3割が新しい。そして既存のセキュリティ体制は、そのまま土台になります。

 実は、私たちはセキュリティやAIの専門家ではないんです。専門はマネジメントシステムです。

 方針を定め、リスクを洗い出し、ルールを作り、教育し、監査して見直す。この規格に基づいてPDCAを回す骨格は、PマークでもISMSでも、AIでも基本的にすべて同じなんですよ。その上に、それぞれの規格が求める要件を載せていくだけです。

 ですからISMSを運用している会社にとっては完全に既知の世界で、文書体系も運用体制も流用できます。

 新しいのはリスクの中身です。従来の情報セキュリティは「情報を守る」ことが主題でした。AIのリスク管理はそれに加えて、誤情報、判断の偏り、責任の所在、つまり「AIの出力を信じてよいか、どう使うか」という問題が入ってきます。ここは既存のISMSではカバーしきれない部分です。

 だからこそ、PマークやISMSを既に持っている会社は、AIMSに最短距離で到達できます。ゼロから作るのではなく、今ある土台に「AI特有の3割」を積めばよいのです。

――特にBtoBで事業をしているAI企業などは、取っておいたほうがよさそうですね。

 早めの取得を強くお勧めします。早めに取れば、確実に先行者利益があります。ただ、すぐに取れるものでもありません。

――すぐには取れないのですか。

 AIMSは、取得までに1年近くかかります。

 ISMSの審査機関が30ほどあるのに対して、AIMSの審査機関は取材時点でまだ3〜4機関しかありません。徐々に増えているため、現在はもう少し増えているかもしれませんが。

 構築して、申請して、一次審査、二次審査があり、指摘事項を改善する。プロセスをすべてたどると、最近はどうしても10ヶ月ほどかかります。

 だから「取引先に言われてから取る」のでは間に合わないのです。入札情報の検索サイトでPマークやISMSを必須条件に入れて調べると、該当する案件は2,000件ほど出てきますが、AIMSはまだ「望ましい」にとどまっています。必須にすると、依頼できる会社がなくなってしまうからです。

 しかし、これからは必ず変わっていきます。かつてのISMSがそうだったように。コンペで、AIMSを持っている会社と持っていない会社が並べば、間違いなく持っているほうが選ばれます。

AIMS取得までの流れと期間

プロセス
構築 → 申請 → 一次審査 → 二次審査 → 指摘事項の改善 → 取得

所要期間
最近は10ヶ月ほど。余裕を見れば1年近くかかる

審査機関
ISMSが約30機関に対し、AIMSは取材時点で3〜4機関

取得後のコスト
1年ごとにサーベイランス審査、3年ごとに本審査

入札での扱い
PマークやISMSを必須条件とする案件は約2,000件。AIMSはまだ「望ましい」にとどまる

note(ノート)
AIMSを取得するには、何から始めればいいのか|仲手川啓 | 株式会社UPF代表 最近、本当によく聞かれる質問があります。 「AIMSって取れるんですか?うちも取りたいんですけど、何から始めればいいですか?」というやつです。 前回AIにもマネジメント...

――実際に、問い合わせは増えていますか。

 着実に増えていますし、相談の質も変わりました。1年前は「AIを使っても大丈夫なのか」という漠然とした不安の相談が中心でした。

 今は「取引先からAIの利用管理体制について質問票が来た」「サプライチェーンの上流企業からAI利用ルールの提出を求められた」という、外部起点の具体的な相談が増えています。AIの管理体制が「社内の心配事」から「取引条件」に変わり始めているのです。

――なぜ、取引先の体制まで問われるようになるのでしょうか。

 そもそも情報漏洩が起きるとき、狙われた会社に直接入ってくるわけではありません。下請けの、そのまた下請けにまず入り込み、取引をしながら徐々に登っていきます。その会社の社員を装ってやってくるのです。だからこそ、取引先の体制が問われることになります。

 経済産業省による、企業のセキュリティ対策を星一つから星五つで格付けする評価制度も動き出します。「星三つ以上の会社としか取引しない」。そうした形で、セキュリティやAIの利用体制が、取引先の選定条件として当たり前に見られるようになっていくと思います。

 仲手川氏が挙げたのは、経済産業省が構築を進める「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」(SCS評価制度)だ。企業のセキュリティ対策レベルを★1〜★5で評価する仕組みで、★3と★4については2026年度下期からの運用開始が予定されている。

 とはいえ、AIMSの認証そのものについては、まだ多くの企業が様子見の段階だと思います。初期の構築費用だけでなく、1年ごとのサーベイランス審査、3年ごとの本審査とコストがかかり続けますから、ご説明すると「一度考えます」となることも多いのです。

 いち早く取ろうとされるのは、AIサービスを提供している側の、アンテナが高い企業が中心です。だからこそ今動く価値がある、とも言えます。

――実際に取得すると、企業にとって何が変わるのでしょうか。

 対外的には、「説明できる会社」になります。取引先から「AIの管理体制はどうなっていますか」と聞かれたとき、口頭の説明ではなく国際規格の認証で答えられます。

 社内的に大きいのは、「迷いが消える」ことです。現場が最も疲弊するのは、使ってよいのか悪いのか分からないグレーの状態です。線が引かれれば、社員は安心して青信号の範囲を全力で使えます。

 ガバナンスは活用のブレーキではなく、アクセルを踏むための整備なのです。実際、体制を作った会社のほうがAI活用は進みます。

 そして経営的には、リスクが「経営の見える場所」に上がってきます。現場任せだったAI利用が、経営が把握・判断できる対象になる。何かあったときに「知らなかった」ではなく「管理していた、ここを改善する」と言えます。この差が、有事の際の企業の信頼を根本から分けます。

「AIを使っていますか」と聞かれない時代に。社長の仲手川啓が見る次の3年

――そもそも、企業はなぜ認証を取るのでしょうか。15年間この現場と向き合ってきて、突き詰めると何が見えてきましたか。

 もちろん事故を防ぐためでもありますが、本質は取引先に対して信頼を得ることです。

 取引先から「御社はきちんと対策していますか?」と聞かれれば、どの会社も「やっています」と答えるはずです。問題は、それをどう説明するかです。第三者が定期的に審査して承認する仕組みだからこそ、独りよがりではない証明になります。それが大手企業との取引や、入札への参加につながっていきます。

 だから私は、認証は事故を防ぐものであると同時に、会社のステージを上げていくための成長ツールだと考えています。

株式会社UPFのオフィスに掲げられた各認証の登録証(画像:仲手川啓氏のnoteより)
UPFのオフィスに掲げられた各認証の登録証(画像:仲手川啓氏のnoteより)

――取引先から求められて動く、というケースも多いのでしょうか。

 大手企業の下請けで大きな事故が起きると、その大手が下請け各社に一斉にPマークを求めるようになります。「来年4月からはISMSがないと取引できません」と急に言われるわけです。ある会社の下請け企業から、同じ日に3件電話がかかってくる。そういうことは、実際に起きています。

――だからこそ、AIMSも先に、ということですね。

 AIMSに踏み込んだ理由は二つあります。

 一つは、お客様の現場で必要性が先に見えていたからです。5,500社の支援基盤があると、企業の中で今何が起きているかがリアルタイムで見えます。野良AI利用、取引先から届き始めたAIに関する質問票。「これは数年以内に、かつてのPマーク・ISMSと同じように取引の前提になる」という確信がありました。

 もう一つは、これが当社の存在意義そのものだからです。ちょうど期首に、社員にも「我々の存在意義ってこういうことだよね」と話したところでした。

 私たちは「企業の信頼を、実務で支える会社」です。信頼の基準が時代とともに増えるのであれば、その新しい基準を誰よりも早く実務レベルに落とし込むのが私たちの役割だと考えました。

――この3〜5年で、「AIの安全な使い方」はどう変わっていくと見ていますか。

 そもそも今後は、「AIを使っていますか」という質問自体がなくなります。使うのが当たり前になるからです。家に鍵がかかっているかどうか。そのレベルの当たり前のこととして、体制を証明していくことになると思います。

――最後に、AIの活用に悩む企業へメッセージをお願いします。

 まず、自社の方針を決めることからです。AIを何のために使い、どこまで任せるのか。そして今日からできる一歩としては、個人アカウントの利用をやめて法人ライセンスに切り替え、会社として手綱を握ることです。

 強調したいのは、AIのリスク対策は、AIを止めるためのものではないということです。むしろ逆で、線引きがあるからこそ、現場は安心してアクセルを踏めます。

 「禁止する会社」と「安全に使いこなす会社」の差は、これからの3年で決定的に開きます。

 UPFにご相談いただければ、AI利用の実態把握から、方針・ガイドラインの策定、社内教育、そしてAIMS(ISO/IEC 42001)認証の取得・運用まで、一気通貫でご支援できます。既にPマークやISMSをお持ちの会社であれば、その体制を土台に最短距離で進められますし、これからの会社も、実務で回る形をゼロから一緒に作ります。

 私たちは15年間、5,500社の信頼を実務で支えてきました。AI時代の信頼づくりも、ぜひご一緒させてください。

株式会社UPFのロゴ(画像:仲手川啓氏のnoteより)
UPFのロゴ(画像:仲手川啓氏のnoteより)
会社概要

社名:株式会社UPF
住所:〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町2-4 三報ビルディング5階
代表者:仲手川 啓
HP:https://upfsecurity.co.jp/

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