
「iPhoneの生みの親」と呼ばれる元Appleの名デザイナー、ジョナサン・アイブ氏が現在率いる企業「io」を、OpenAIが約65億ドルで買収しました。
同社CEOのサム・アルトマン氏と連携し、画面のない新しいAIデバイスを2026年末に発表、2027年には量産を目指します。Apple株が急落するほどの衝撃を市場に与え、「フィジカルAI」時代の幕開けとして注目されています。
ジョナサン・アイブとは?iPhoneを作った伝説的なデザイナー
若きジョナサン・アイブとスティーブ・ジョブズの出会い
1990年代半ば、米Apple社は業績不振にあえいでいました。ロンドン出身の若き工業デザイナー、ジョナサン・ポール・アイブ(通称ジョニー・アイブ)は1992年にAppleに入社しましたが、当時のAppleではデザインの重要性は十分に認識されておらず、アイブ自身も何度か退職を考えるほど意欲を失っていたと言われます。
しかし1997年、共同創業者のスティーブ・ジョブズがAppleに電撃復帰します。この出会いが転機となりました。ジョブズは復帰早々まだ無名だったアイブの才能を見出し、二人は「既存の怠惰で平凡な世界を作り直す」とでもいうような情熱で、新製品開発に没頭していきます。
Design didn’t matter much. He almost quit several times. But when Steve Jobs, who had been ousted in 1985, returned to try to save the firm in 1996, he spotted Ive’s talent and the two men set out on their maniacal journey to remake what they saw as the bland, lazy world around them. Or at least the bits of it they thought they could change.
出典:Apple Designer Jonathan Ive Talks About Steve Jobs and New Products
アイブにとってジョブズは理解ある強力な後ろ盾となり、ジョブズにとってもアイブは自らのビジョンを具体化できる稀有な存在でした。ここからApple再生の物語が始まります。
ジョニー・アイブの初めての成果|初代iMacの誕生
1998年、ジョブズとアイブの協働による最初の大きな成果が生まれました。それが半透明でカラフルなボディを持つ一体型デスクトップ iMac G3 です。
ジョブズはアイブと初めて顔を合わせた際、経営破綻寸前だったAppleを救う「インターネット時代の新しいコンピュータ」をデザインするという、文字通り「不可能」な課題をアイブに課しました。アイブは驚異的なスピードでこの課題に応え、従来の灰色の箱型PCとは一線を画すユニークなデザインを提案します。それは曲線的なフォルムに取っ手の付いた半透明ボディで、鮮やかなボンダイブルーのカラーをまとったキュートなコンピュータでした。
On this day in 1998, Apple Computer unveiled the first iMac G3. pic.twitter.com/fe1rYNXZ61
— Computer ♥ Records (@ComputerLove_) May 6, 2025
取っ手は「ユーザーが気軽に触れて動かせる親しみやすさを持たせるため」の意図的なデザインであり、「人の手にすぐに馴染むことを直感的に理解させる仕掛け」だとアイブは語っています。またフロッピーディスクドライブを敢えて廃止しインターネットや当時新しいUSBポートを重視するなど、大胆な機能面の決断もなされました。
この初代iMacは発売と同時に大ヒットとなり、発売開始からわずか5ヶ月で80万台もの売上を記録します。
iMacは’98年発売以来80万台を出荷したと紹介、たったひとつのモデルをこれだけの期間で販売したことを考えると、すでにAppleの経営状況の好転を強調する必要もなくなったということだろう。
出典:MACWORLD Expo/San Francisco基調講演・写真速報
カラフルな見た目や持ち運べそうな取っ手付きデザインは、従来難解で近寄りがたい存在だったパソコンを一気に親しみやすいガジェットへと変貌させました。「それはまるで生命が宿っているようで、静的でも退屈でもなかった」とアイブ自身が表現したように、iMacのデザインは従来のスペック競争とは異なる次元で人々の心を掴みました。
ジョブズ復帰後のAppleにとってまさに復活の旗手となった製品であり、他社も追随して家電やPCに鮮やかな色や曲線を取り入れるようになるなど、その文化的インパクトも絶大でした。Appleはこの成功を足がかりに再び黒字化への道を歩み始め、アイブとジョブズのコンビは「ここから全てが始まった」と言えるインパクトをテクノロジー業界に与えたのです。
iPodによる音楽革命|1000曲をポケットに
2001年、Appleは音楽の世界に革命を起こす製品 iPod を発売しました。アイブ率いるデザインチームが手がけた初代iPodは、ポリカーボネート製の純白の筐体にステンレスの鏡面バックパネルというミニマルかつ洗練されたデザインでした。
前面には円形のスクロールホイールと小さなモノクロ画面だけというシンプルさで、「1000曲をポケットに持ち歩ける」MP3プレーヤーとして登場します。複雑なボタンを廃しホイールで直感的に操作できるUIや、白い本体とイヤホンという統一された美しいカラーリングは、競合製品と一線を画するものでした。
These plastic models are truly the first iPods. Around May or June of 2001, we 3D printed & machined these prototypes of the first gen iPod during the mechanical & industrial design process. They were just shells, but they were important. pic.twitter.com/BzY91V75qJ
— Tony Fadell (@tfadell) April 24, 2022
アイブの“洗練された美学とエンジニアリングへの深い理解”はここでも発揮され、複雑なデジタル音楽プレーヤーを誰もが使いこなせるシンプルで魅力的な「手にしたくなる」オブジェへと昇華しています。
初代iPodの登場は音楽の聴き方そのものを変えました。それまでCDやMDを持ち歩いていた人々は、小さなiPod一つで大量の楽曲を携帯できることに驚嘆します。白いイヤホンを耳にした若者たちの姿は当時の文化的アイコンとなり、AppleのテレビCMで流れた黒いシルエットが踊る映像とともに、人々の記憶に強く刻まれました。
そのシンプルで美しいデザインは批評家からも称賛され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションに収蔵されるほどです。iPodの大成功によってAppleはデジタル音楽プレーヤー市場を席巻し、iTunesエコシステムと相まって音楽業界にも大きな変革をもたらしました。アイブにとってiPodは、自身のデザイン哲学が世界的なヒット商品として結実した象徴的プロジェクトとなりました。
初代iPhoneの登場で伝説的デザイナーへ|世界を変えた一台の電話
2007年、ジョブズとアイブのコンビはついに携帯電話の常識を覆す製品 iPhone を世に送り出します。初代iPhoneは1台で「携帯電話」「iPod」「インターネット端末」の機能を併せ持つ革命的デバイスでしたが、その革新性は何と言ってもそのデザインとユーザインタフェースにありました。
アイブのデザインしたiPhoneは、正面のほとんどを占める3.5インチの大型タッチスクリーンと、一つだけのホームボタンという極限まで削ぎ落とされたミニマルなハードウェア構成でした。従来主流だった物理キーボードやスタイラスペンを大胆にも廃し、指先による直感的なマルチタッチ操作を全面的に採用したのです。この決断は当時としては大胆でしたが、結果としてスマートフォンのデザインにおける新たな標準を打ち立てました。

初代iPhone発表時、会場では画面を指でスクロールするジョブズのデモに観衆から驚きの声が上がったと伝えられています。iPhoneは発売前から大きな話題となり、発売後はAppleにとってそれまでで最も成功した製品となりました。
従来ビジネス用途が中心だったスマートフォン市場において、iPhoneは一般消費者にも訴求する洗練されたデザインと使い勝手を示し、業界を文字通り「ひっくり返した」と評されます。スマートフォン=物理ボタンだらけのツールというイメージは覆り、「画面を指で直接触れて操作する」というコンセプトが一夜にして標準となりました。
アイブのミニマリスティックな美学は、このiPhoneという製品で頂点を極めたと言えるでしょう。アルミと黒のツートンで構成された初代iPhoneの工業デザインは、「電話」という日常的な道具を初めて 持つ喜びを感じるガジェット へと昇華させたのです。その後のモデルと競合各社がこぞって追随するように、スマートフォンは画面主体のデザインへと一変し、私たちの生活や文化も大きく変化しました。
MacBookとアルミニウムの時代|ノートブックの革新
iMac、iPod、iPhoneの成功に続き、アイブはAppleのノートブック製品にも革新をもたらしました。2000年代半ば以降、Appleは製品デザインの主材料をプラスチックからアルミニウムへと移行させ、MacBook ProやMacBook(無印)などで一貫した美しい金属筐体デザインを展開します。
アイブは素材選定から深く関与し、アルミニウムを一体成型する「ユニボディ構造」を工業的に実現することで、強度と薄さを両立したミニマルなデザインを可能にしました。
中でも圧巻だったのが2008年に発表されたMacBook Airです。MacBook Airは厚さ最薄部わずか0.4cmという当時世界最薄のノートパソコンで、ジョブズが書類封筒から製品本体を取り出してみせた発売イベントの演出は語り草となりました。
初代 MacBook Air を黒歴史製品とするかはファンでも意見が分かれそう
— ジャガアポー (@jagaapple) January 21, 2022
3cm 以上厚いノートが一般的だった当時、Jobs が手持ちの封筒から取り出したのが Mac だったときの衝撃は今でも忘れられない
ただ蓋を開けてみると、起動は遅く性能も悪い、無線環境が厳しい当時では全然実用的でなかった pic.twitter.com/vBIIHaCX3p
画面サイズやキーボードのフルサイズは維持しつつも、ドライブを外すなど徹底的に無駄を省いたその設計は、まさにアイブ流のミニマリズムと技術的挑戦が結実したものです。
アルミニウム筐体のMacBookシリーズは高級感と機能美を両立させただけでなく、耐久性や環境性能の面でも優れ、多方面から評価されました。アイブはデザインチームと共に数多くの試作とテストを重ね、細部に至るまで完璧を追求しました。
その情熱は「バケツ一杯分の予算があると思って好きなだけ使ってくれ」とサプライヤーに伝えたというエピソードにも表れており、製造コストより完成度を優先するAppleの姿勢を象徴するものです。また、一見シンプルに見える製品ほど裏側では高度な技術革新が支えています。
ユニボディの導入にあたってはアルミを削り出す新工法やポリカーボネートとの複合素材の活用など、デザイン上の理想を実現するためのエンジニアリングにもアイブは深く関与しました。その結果生まれたMacBookシリーズは、美しさと実用性を兼ね備えたノートブックの理想形として市場に迎え入れられ、他社のラップトップ設計にも多大な影響を与えました。
スティーブ・ジョブズとジョニー・アイブの特別な関係
アイブとジョブズの関係は、単なる上司と部下を超えた特別なものでした。二人は毎日のように顔を突き合わせて新製品のアイディアを議論し、そのビジョンを共有していったと言われます。
ジョブズはアイブのことをスピリチュアルパートナーと呼び、しょっちゅうお昼を一緒に食べたり家に呼んだりして今ました。
ジョブズ自身、公式伝記の中で「もしAppleでスピリチュアルなパートナーを一人選ぶとすれば、それはジョニーだ」と語っており、Appleにおける製品開発の大半を二人で考案して周囲のチームに呼びかけるのが常だったと明かしています。
ジョブズはアイブのデザインの才能を深く信頼し、アイブ以外に彼に口出しできる者はいないよう社内体制を整えていました。実際「アイブは私(ジョブズ)以外の誰からも干渉を受けないだけのオペレーション上の権限を持っている。それが私が仕組んだやり方だ」とジョブズが語った逸話は有名です。
ジョブズもそれはよく心得ていてアイヴのことは「スピリチュアル・パートナー」と呼び、昼ご飯も一緒にすれば、家にもしょっちゅう招き、社内では自分の次に大きな権限を与え、誰の指図も受けなくて済むよう常に気を配っていました。ジョブズ夫人も「ジョニーのステータスは特別よ。スティーブの人生に関わった人のほとんどは他の人に代わりがきくけど、ジョニーは違う」と話してます。
出典:ジョナサン・アイヴはジョブズにアイディア盗まれて内心ムッとしていた | ギズモード・ジャパン
このように経営トップから直接の信任を得たデザイナーは異例であり、それだけジョブズにとってアイブはかけがえのないパートナーだったのです。
二人の創造的プロセスは驚くほどシンクロしていたようです。アイブはジョブズとの共働について「二人で物を観察しているとき、目に見えるものやそこから受ける印象が全く同じなんだ。いつも同じ疑問を持ち、同じ好奇心で物事を見つめていた」と振り返っています。
互いに完璧主義であり細部に妥協しない性格も共通していました。アイブはしばしばジョブズと夜遅くまでデザインスタジオで試作モデルを前に議論を重ね、時にはジョブズを驚かせるモックアップを作っては意見を求めたといいます。ジョブズもまたアイブの美意識を高く評価し、「彼は製品の全体像と、その最も微細な部分の両方を理解している」と賞賛していました。Apple社内でも、ジョブズとアイブの強固なパートナーシップはよく知られており、他の幹部たちが緊張感ある競争関係に置かれる中で、二人の協働だけは特別だと囁かれるほどでした。
もっとも、二人の関係にも人間らしい一面がありました。ジョブズはプレゼンテーションやインタビューでAppleの革新的製品について雄弁に語りますが、その場では舞台裏のデザインチーム名はあまり表に出しませんでした。この点について、アイブ自身が「ジョブズがあたかも自分一人で革新を成し遂げたかのように語るときには傷ついた」と漏らしていたことが伝記で明かされています。
ウォルター・アイザックソンが最近執筆したアップル共同創業者の伝記の中で、ジョブズ氏はアイブ氏を「精神的なパートナー」と評した。しかし、同書には、ジョブズ氏がデザインチームによるイノベーションの功績を自分のものにしたことでアイブ氏が「傷ついた」とも記されている。
出典:Apple’s Jonathan Ive gets knighthood in honours list – BBC News
しかし同時に彼は「世間で語られるジョブズ像の多くに、自分の知っている友人の姿はない」とも述べ、過度に神格化されたり冷酷に描かれるジョブズ像に異を唱えています。アイブにとってジョブズは厳しくも信頼できる相棒であり、ジョブズにとってもアイブは心から信じることのできる創造の同志だったのです。
二人のコラボレーションから生まれたエピソードは数多く、どれもApple社内で語り草となっています。iMacのカラーバリエーションを決める際に二人で世界中の色見本を研究した話や、初代iPhoneの試作モデルをめぐって激論を交わした末に現在の形に落ち着いた話など、枚挙にいとまがありません。
こうした逸話はAppleファンの間でも伝説となり、インタビュー記事やドキュメンタリーで度々紹介されています。ジョブズとアイブの強い絆はApple製品の随所に刻み込まれ、二人が築いた「デザイン主導のものづくり文化」はジョブズ亡き後の現在もAppleに息づいています。
ジョナサン・アイブの受賞歴と評価
アイブの卓越した仕事ぶりは世界中で高く評価され、数々の賞や栄誉が贈られてきました。イギリス出身ということもあり特にイギリスでさまざまな賞を受賞しています。
2003年にはロンドンのデザイン博物館によって「年間最優秀デザイナー」に選出され、王立芸術協会(RSA)からは「Royal Designer for Industry」の称号を授与されています。また2007年、初代iPhoneのデザインに対して米国のクーパー・ヘウイット国立デザイン博物館より全米デザイン賞(プロダクトデザイン部門)が贈られました。
同年、イギリスの男性誌『GQ』では「年間プロダクトデザイナー」に選ばれるなど、Apple以外の文脈でもその名声は広がっていきました。2005年には英国王室から大英帝国勲章CBE(コマンダー)を授与され、さらに2012年にはナイト(KBE)の称号を得て「サー」の敬称で呼ばれるようになります。こうした公式な栄誉は、アイブのデザインが英国のみならず世界的産業・文化に貢献したことの証と言えるでしょう。
アイブ氏はすでに大英帝国勲章のCBE(コマンダー)を受章していたが、今回、さらにその上のKBE(ナイト・コマンダー)を受勲したことで、今後、「サー」を付けて呼ばれることになる。
出典:Appleデザイン責任者のジョナサン・アイブ氏がナイト叙勲=「サー・ジョナサン」に | HDT.jp
社外からの評価も極めて高く、雑誌や専門家からは「現代で最も影響力のあるデザイナーの一人」「Apple躍進の立役者」といった賛辞が贈られました。
例えばデザイン博物館ロンドンの館長デヤン・スジッチ氏は「アイブの成功の秘訣はジョブズとの関係にある。19年にも及ぶ協働は極めて稀なものだ」と評しています。またスジッチ氏は「アイブの才能は、人々が技術を意識せず使えるようにしてしまう点だ」とも指摘しており、テクノロジーとユーザーとの橋渡し役としてのデザイナー像を体現していると評価しました。
「彼がこれほどまでに傑出した成功を収めたのは、スティーブ・ジョブズ氏やアップル社との関係によるものだ」とデザイン・ミュージアムのディレクター、デヤン・スジック氏は語った。
「彼は19年間そこで働いており、非常に稀有な関係を築いてきました。」
出典:Apple’s Jonathan Ive gets knighthood in honours list – BBC News
さらに英国BBCの文化専門家による投票では「英国文化に最も影響を与えた人物」に選ばれたり、米Fast Company誌の「ビジネス界で最もクリエイティブな人物」ランキングで1位となったりと、国境や業界を越えてその創造性が称賛されています。
こうした功績を受け、アイブは後進育成や社会的活動にも携わるようになりました。2017年には母国イギリスの名門ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の学長に就任し、デザイン教育への貢献を始めています。2019年にAppleを退社し自身のデザイン会社LoveFromを設立した後も、依然Appleの製品デザインに影響を与え続けたことは周知の通りです。
アイブの名前は既にAppleの歴史と切り離せない存在であり、そのレガシー(遺産)は今なお私たちが手にする最新のガジェットにも息づいています。「ジョナサン・アイブ抜きに現在のAppleは語れない」という評価は決して過言ではないでしょう。
ジョニー・アイブの現在!サム・アルトマンと考える新しいデバイスとは
Appleの元デザイン責任者とOpenAIのCEOという異色のコンビが手を組み、新たなAIデバイス構想に乗り出しました。
ジョニー・アイブとサム・アルトマンの出会いは意外なものでしたが、次第に友情と信頼で結ばれていきました。
ここからOpenAIの未来型デバイスが始まります。
ジョナサン・アイブとサム・アルトマンの出会い
ジョナサン・アイブとサム・アルトマンの出会いは静かに始まりました。ChatGPTで世界を驚かせたアルトマンは、次なる野望としてハードウェアへの進出を模索していました。そこで白羽の矢が立ったのが、Appleで数々の名作プロダクトを生み出した伝説的デザイナー、ジョニー・アイブでした。
2023年頃から、アイブ率いるデザイン会社LoveFromは密かにOpenAIと協業を開始します。
アイブは、アップルの元同僚スコット・キャノンやエヴァンズ・ハンキー、タン・タンとともに、約1年前にioを設立した。同社は、2023年にLoveFromがOpenAIとのコラボレーションをひそかに始めたことがきっかけで誕生している。
出典:アップルの元デザイン責任者ジョニー・アイブ、OpenAIとの取り引きでビリオネアへ | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
最初は好奇心と手探りから始まったこのプロジェクトでしたが、「友情、好奇心、そして共有する価値観に基づいたコラボレーション」としてすぐに大きく膨らんでいきました。お互いに刺激を与え合う中で、二人の信頼関係は強固なものとなり、このパートナーシップは「真剣な協議」へと発展していきます。
アイブにとってアルトマンとの取り組みは、新たな創造の機会でした。Appleを2019年に退社後も、彼はLoveFromを通じてAppleと契約関係にありましたが2022年にそれも終了し、自由に新プロジェクトへ挑める状況が整いました。
シリコンバレーの楽観主義に再び魅了されたアイブは、「過去30年のすべての経験がこの瞬間につながった」と感じるほどに今回の挑戦へ情熱を注ぎました。
「この30年間で学んだことすべてが、今の私を導いてくれたという実感が深まっています。これからの重要な仕事への責任に不安と興奮を覚えますが、このような重要なコラボレーションに参加できる機会を得られたことに心から感謝しています。サム氏とOpenAI、そしてioのチームの価値観とビジョンは、私にとってかけがえのないインスピレーションです。」
出典:Sam and Jony introduce io | OpenAI
かつてスティーブ・ジョブズから「精神的なパートナー」とまで呼ばれた男が、まったく新しい領域で才能を発揮しようとしていたのです。
ジョニーとサムが考えるAIコンパニオン構想
二人が意気投合したのは、「テクノロジーとの関わり方を根本から再定義する」という壮大なビジョンでした。アルトマンはAIを活用した革新的デバイスによって、人々の日常に新たな体験をもたらしたいと考えていました。一方、アイブは長年手がけてきたスマートフォンという枠組みを超え、さらに人間に寄り添う道具を模索していました。
こうして生まれた発想が、従来のスマートフォンを再発明するような「AIコンパニオン」の構想です。それは画面を持たず、ユーザーの状況を理解して先回りするような、これまでにないパーソナルデバイスです。
アイブとアルトマンは、おそらく画面を持たず、状況などを十分に認識できる、AI(人工知能)「コンパニオン」の登場を示唆している。
出典:アルトマンと「Appleデザインの生みの親」がタッグ、「まったく新しい」端末が来年登場へ | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
米紙WSJから社内説明会の録音データを元にしたリーク情報が報じられています。
それによると、このデバイスは「まったく新しい種類のもの」になると話しており、ヘッドセット型でもスマートグラスでも、スマートフォンの焼き直しでもなく、身に着けるデバイスですらない何かになるとのこと。また、ユーザーの周囲の環境や日々の生活パターンをセンサーやAIで認識し、必要な情報や支援をタイミングよく提供することを目指しているそうです。
例えばポケットに入れたり机上に置いたりして使い、手元のiPhoneやMacと並んで日常をサポートしてくれる存在になるといいます。アルトマンは社内向けに、このデバイスを将来的にリリースする計画について「人々の創造力を引き出すAIデバイスファミリーを作ることが使命です」と語っており、その第一弾が人々の想像力をかき立てるものになることを示唆しています。
アイブは近年のインタビューで、Humane(ヒューメイン)社の「Ai Pin」やRabbit(ラビット)社の「rabbit r1」といったAIデバイス系スタートアップの製品について「非常に出来が悪い」と酷評しています。アイブに言わせれば、真に洗練された体験を提供するAIハードウェアはまだ世に存在しておらず、そこに自分たちの革新余地があるという認識だったのでしょう。
LoveFromとOpenAIの協業が静かに始まる
ビジョンが固まると、アルトマンとアイブは極秘裏にプロジェクトを進め始めました。2023年当時、OpenAI内ではChatGPTが飛躍的進化を遂げていましたが、それを生かすハードウェアは存在しませんでした。
アイブのLoveFromはこの年からOpenAIと生成AIデバイスの開発に取り組み始め、互いの強みを融合させていきます。アイブ側は卓越したハードウェアデザインとユーザー体験の知見を提供し、アルトマン側はChatGPTに代表される先端AI技術を提供する形でした。狙いは、アイブがリードするデザインと対話型AI技術を組み合わせることで、新種の「AI端末」を生み出すことにありました。
当初、このプロジェクトは社外にはほとんど知られていませんでした。しかし水面下では大物投資家たちも注目していました。ソフトバンクの孫正義氏はこの構想に強い関心を示し、「AI版のiPhone」を創出すべく10億ドルもの出資を検討していると報じられました。
Sept 28 (Reuters) – ChatGPT maker OpenAI is in advanced talks with former Apple designer Jony Ive and SoftBank’s (9984.T), opens new tab Masayoshi Son to build the “iPhone of artificial intelligence”, fuelled by more than $1 billion in funding from the Japanese conglomerate, the Financial Times reported, opens new tab on Thursday.
9月28日(ロイター) – ChatGPTの開発元OpenAIは、元Appleデザイナーのジョニー・アイブ氏とソフトバンク(9984.T)のCEOと協議を進めている。、新しいタブが開きます孫正義氏が、日本の複合企業から10億ドル以上の資金を得て「人工知能のiPhone」を開発するとフィナンシャル・タイムズが報じた。
出典:OpenAI, Jony Ive in talks to raise $1 billion from SoftBank for AI device venture, Financial Times reports | Reuters
2023年9月頃には、OpenAI(アルトマン)とアイブ、そして孫氏の三者で新会社設立の真剣な話し合いが行われ、才能と技術を持ち寄る構想が語られていたといいます。こうした報道が表に出たことでプロジェクトの存在が世に知られるようになりましたが、実際にはその時点で既に二人の協業は「数カ月にわたり真剣に」進行中だったのです。
スタートアップ「io」の誕生
プロジェクトを本格化させる中で、アルトマンとアイブは一つの決断に至りました。これまでの組織に縛られず、目的達成のための新会社を作ろうというのです。2024年、アイブはApple時代の元同僚である工業デザイナーのスコット・キャノン、エバンズ・ハンキー、ソフトウェアエンジニアのタン・タンらとともに、新興企業「io(アイオー)」を設立しました。
この会社の誕生はLoveFromとOpenAIが2023年に開始した秘密プロジェクトがきっかけであり、その成果を形にする器としてioが用意されたのです。
ioには錚々たるメンバーが集結しました。ハードウェアからソフトウェア、AI研究、製造の専門家まで、各分野のトップ人材がおよそ55名集められました。その多くはAppleで長年アイブと苦楽を共にしたチームであり、デバイス開発の経験値は群を抜いていました。
出資面では、伝統あるベンチャーキャピタルのSutter Hill Ventures(サターヒル・ベンチャーズ)などが支援し、ioは2度の資金調達を成功させています。投資家の一人マイク・スパイザー氏(Sutter Hill Ventures)は「このチームと仕事をして以来、決して彼らと敵対したくないと思いました。ioの創業者たちはコンシューマー製品開発の歴史において最高峰の人材です」と称賛していました。
「彼らと仕事をして以来、このチームとは絶対に競合したくないと思った」とスパイザーはフォーブスに語った。「ioの創業者たちは、コンシューマー向け製品の歴史における最高レベルの開発者たちだ」と彼は述べている。
出典:アップルの元デザイン責任者ジョニー・アイブ、OpenAIとの取り引きでビリオネアへ | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
盤石の体制を整えたioは、本格的にプロダクト開発へと乗り出していきました。
2025年5月21日、OpenAIはアイブが設立したスタートアップ「io」を約65億ドル(約9300億円)で買収することを正式に発表しました。

リーク情報を元にOpenAIとioの未来型AIデバイスを予想
ミンチー・クオ氏とWSJのリーク情報まとめ
Apple関連のリーク情報に精通した業界アナリストのミンチー・クオ氏がOpenAIとioの未来型AIデバイスについても語っています。
My industry research indicates the following regarding the new AI hardware device from Jony Ive's collaboration with OpenAI:
— 郭明錤 (Ming-Chi Kuo) (@mingchikuo) May 22, 2025
1. Mass production is expected to start in 2027.
2. Assembly and shipping will occur outside China to reduce geopolitical risks, with Vietnam currently the… pic.twitter.com/5IELYEjNyV
WSJとミンチー・クオ氏のリーク情報のまとめました。
項目 | 詳細 |
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試作第1号 | 2025年春頃 ※買収発表時のビデオで使っていると発言 |
発表目標 | 2026年末 |
量産開始 | 2027年頃 |
製造・組立場所 | 中国外(地政学リスク回避) ベトナムが有力 |
サイズとデザイン | HumaneのAI Pinよりやや大きめ iPod Shuffle並みのコンパクトさと洗練性 量産前に変更の可能性あり |
主な使用方法 | 首に掛けて使用するネックレス型が有力 |
主な搭載機能 | カメラとマイク搭載(環境認識) ディスプレイ非搭載 |
外部接続機能 | スマートフォン、PCと接続可能 外部端末の演算能力や表示機能を活用 |
目標販売台数 | 史上最速で1億台 |
ミンチー・クオ氏によると、OpenAIがこのタイミングでジョニー・アイブ氏との協業を発表した理由の一つとして、直近で行われたGoogle I/Oに集まった市場の関心を自社に向け直したいという狙いがあると語っています。GoogleがI/Oで示したエコシステムとAIの高度な統合は非常に注目を浴びており、OpenAIは現状ではその流れに十分対抗できていないため、新たな話題を提示して注目を集める必要があったと推測しています。
またクオ氏は、現実世界への活用を目指す「フィジカルAI」が今後の業界の重要なトレンドとなっていると指摘しています。ジョニー・アイブ氏との協業の成功はまだ不透明なものの、この動きは明確にそのトレンドに沿っていると評価しています。さらに同氏は、この提携はアラン・ケイ氏の著名な言葉「ソフトウェアに真剣に取り組む人は、自らハードウェアも作るべきだ」を想起させるものだと述べています。
アイブのデザイン哲学から考える|ミニマリズムとその美学
アイブのデザイン哲学は一言で言えば「本質以外を極限まで削ぎ落とすミニマリズム」です。ただしそれは単に装飾を省くという表面的な意味ではありません。彼は「真のシンプルさとは、複雑さを単純に隠すことではなく、複雑さに秩序を与えることだ」と述べており、使う人にとっての明快さや体験の質を追求する中で結果的に形が研ぎ澄まされていくと考えていました。
またアイブが影響を受けた人物としてよく挙げられるのが、ドイツの伝説的インダストリアルデザイナーであるディーター・ラムスです。ラムスの提唱した「Less, but better(より少なく、しかしより良く)」という理念や無駄のない製品デザインは、アイブ自身あまり多くを語りませんでしたが、その作品に色濃く反映されていると評価されています。実際、ラムスの仕事をまとめた書籍の序文をアイブが寄稿したこともあり、敬意と共感を抱いていたことは間違いありません。
ここからは、私が考える考察をご紹介します。
これまでのリーク情報や、IVEのデザイン哲学から考えると、最終的にはさまざまな要素が削ぎ落とされ、非常にシンプルなデザインに行き着くと推測しています。
最終的には、AI機能の中枢のみを担う小型デバイスとなり、ネックレスのように首に装着したり、腕時計のように手首につけたり、あるいは眼鏡に取り付けたりと、シンプルだからこそ様々な場所に装着できる小型ツールになるのではないかと予想しています。
また今後は、映像を視聴する際には画面と接続し、音声指示を出すときにはスマートホームに接続し、より高度な演算が必要な場合にはPCと接続する、といったように、さまざまなデバイスと連携する「AIのハブ」のような存在になるのではないかと考えています。
OpenAIとioのAIデバイスはiPhoneを本当に破壊するのか
このニュースは業界に大きな衝撃を与えました。発表直後、米国株式市場ではAppleの株価が一時2%以上急落し、投資家たちがこの動きをAppleへの潜在的な脅威として受け止めたことがうかがえます。長年Appleのデザインを統括し「iPhoneの生みの親」とも呼ばれるジョナサン・アイブ氏が、現在AI分野で競合となり得るデバイス開発に関わることは、AI対応の遅れが指摘されるAppleにとって不吉な兆候との見方もありました。実際、Appleは独自のAI戦略「Apple Intelligence」を推進して巻き返しを図っていましたが、一部の機能に開発の遅れや精度の問題が報じられており、タイミングとして皮肉な結果となりました。
一方、OpenAIにとってこの買収は戦略的に明確な意味を持っています。自社でハードウェアプラットフォームを保有することで、将来的にAppleのiOSやGoogleのAndroidといった他社の流通経路に依存せず、ユーザーへ直接サービスを届ける可能性が広がるためです。実際、アップストアを介したアプリ配信では収益の30%をAppleに支払う必要があり、CEOのサム・アルトマン氏はこれに強い危機感を抱いていました。ジョナサン・アイブ氏が率いるioの買収は、「テック大手に中抜きされない独自の流通経路」を確保するための重要な一手となります。
このままの流れで進むと、OpenAIが開発するAIデバイスによって、本当にiPhoneの存在が脅かされ、最終的には「おしゃれな外部モニター」という位置づけにまで格下げされてしまう未来も、十分にあり得るかもしれません。
そうならないためにも、今後の各社の戦略や技術革新、そして「デバイスとしての価値」をどう再定義していくかという戦いに注目が集まります。
まとめ
OpenAIはジョナサン・アイブ氏が率いる新興企業「io」を約65億ドルで買収しました。両者は、画面を持たない新しいAIコンパニオンデバイスを2026年末に発表し、2027年の量産開始を予定しています。今回の買収発表を受けて、Appleの株価は一時2%以上急落し、「iPhoneの牙城が揺らぐのではないか」との見方が強まりました。OpenAIにとって、この独自ハードウェアの獲得は、アップストア経由で支払う手数料30%から脱却し、フィジカルAI時代の主導権を握るための重要な戦略となります。スマホ中心だったエコシステムの再編が進むなか、今後は各社の巻き返しや、ユーザー体験がどう再定義されていくかに注目が集まっています。