【BCI】人間とコンピュータが融合する10年後の未来【後編】

この記事は、Podcast「AI未来話」のエピソード「【10年後】人間とコンピュータが融合する未来(後編)」を再構成した内容をお届けします。

前編ではブレイン・コンピュータ・インターフェースの基本概念や、Neuralinkなど既存技術を解説しました。

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【BCI】人間とコンピュータが融合する10年後の未来【前編】 AIの劇的な進歩によって、「ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)」の実用化が現実味を帯びています。脳とコンピュータを直接つなぎ、思考だけでデジタル機器を操作できる技術が10年以内に浸透する可能性が高まっています。その最前線で競い合う企業や革新的な技術開発について詳しく掘り下げます。

後編となる今回は、サム・アルトマンが設立を計画しているとされる新会社「Merge Labs(マージラボ)」を中心に、その技術的アプローチやブレイン・コンピュータ・インターフェースとAIとの関連性を深く掘り下げていきます。

目次

サム・アルトマンが設立する「Merge Labs(マージラボ)」とは?

OpenAIのCEOサム・アルトマンが、新たにブレイン・コンピュータ・インターフェース分野への参入を検討しているとの噂が広がっています。Financial Timesが報じたその新会社の名は「Merge Labs(マージラボ)」。一体どんな会社なのか、その規模や技術的な特徴、共同創業者など、気になる点を掘り下げていきます。

「Merge Labs」の企業規模と狙い

―― いよいよ後編ですね。まず、Merge Labsの概要からお聞きしたいのですが。

「はい、サム・アルトマンが設立すると噂されるMerge Labsは、ブレイン・コンピュータ・インターフェース分野の企業で、報道によれば企業価値が約8億5000万ドル、日本円で約1250億円規模の資金調達を目指しているそうです。ただ、Neuralinkが2025年に約90億ドル(約1兆3000億円)の評価額になったことと比べると、まだまだ小規模と言えます」

米実業家イーロン・マスク氏が創設した脳インプラントの新興企業ニューラリンクがこのほど、6億ドルの資金を調達した。米メディアのセマフォーが27日、事情に詳しい関係者の話として報じた。資金調達に際し、ニューラリンクの企業価値は90億ドルと評価されたという。

出典:マスク氏創業のニューラリンクが6億ドル調達、企業価値90億ドル=報道 | ロイター

―― Merge Labsの名前の由来は何ですか?

「シリコンバレーでは、人間と機械が融合することを『マージ(Merge)』と呼ぶらしく、そこから『Merge Labs』と名付けられているそうです。ただし、まだ正式に発表されたわけではないので、計画段階のステルススタートアップといった位置付けですね」

―― サム自身は具体的にどのように関与する予定なんでしょう?

「Financial Timesによると、サムは日常的な経営には関与せず、個人資金も投入しない。あくまで共同創業者という形で関わり、OpenAIを通じて支援する予定だそうです」

―― Neuralinkとの違いは何でしょうか?

「一番の違いは技術アプローチですね。Neuralinkが頭蓋骨を開き、脳内に電極を埋め込む『侵襲型』なのに対して、Merge Labsは『低侵襲型』の方法を取るとされています。その点でも、より一般向けを意識した戦略を取っている印象ですね」

サム・アルトマンと共同創業者アレックス・ブレイニア

―― 共同創業者のアレックス・ブレイニアさんはどんな方なんですか?

アレックス・ブレイニア氏は『Worldcoin(ワールドコイン)』プロジェクトを運営する企業「Tools for Humanity」のCEOで、生体認証技術に非常に強い方です。というのも、サム・アルトマンが支援するデジタルID事業「World(ワールド)」を率いており、Worldは『目で人間であることを証明する』というシステムです。その生体認証のノウハウがMerge Labsの開発する脳内デバイスにも活きるのではと期待されています」

―― サム・アルトマンは以前Neuralinkにも投資していたという報道がありましたね。

「そうなんです。実はサムは過去に個人的にNeuralinkに投資していたらしいんですよ。イーロン・マスクが出資したOpenAIとサムが出資したNeuralinkが、それぞれ競争するような構図になっていて、まるで別次元のケンカって感じで面白い状況ですよね」

Neuralinkとは異なる「低侵襲型」の技術アプローチ

Merge Labsは、脳への侵襲性を極力低く抑えたアプローチで開発を進めているようです。具体的には遺伝子治療と超音波技術を組み合わせたもので、「Sonogenetics(ソノジェネティクス)」と呼ばれる技術を活用するとのことです。

「Sonogenetics(ソノジェネティクス)」による新しい脳インターフェース

―― Sonogeneticsとは一体どんな技術なんでしょうか?

「Sonogeneticsとは、遺伝子操作で特定の脳細胞を超音波に反応するように変える技術です。その脳細胞に超音波を送信することで脳内の活動を制御する仕組みですね。完全に非侵襲型ではなく、脳にデバイスを入れる必要がありますが、頭蓋骨を開くほどではないため、かなり侵襲性は低いと言えます」

―― Neuralinkや他の企業と比べてもかなり独特なアプローチですよね。

「そうなんですよ。例えば、別の企業であるSanmai Technologiesというスタートアップも、超音波技術を使った脳治療デバイスを開発しているんですが、こちらは完全な非侵襲型でヘッドセットを頭に装着して超音波を送る方式なんですね。Sonogeneticsはそれとは少し違って、遺伝子レベルで脳細胞を改変する必要があります

―― この超音波脳治療という分野自体が注目されているわけですか?

「はい、実際にSanmai TechnologiesにはLinkedIn共同創設者のリード・ホフマンが1200万ドル(約17億円)の資金調達を主導して出資しています。業界としても大きく期待されている分野なんです」

ブレイン・コンピュータ・インターフェースとAGIの関連性

サムがブレイン・コンピュータ・インターフェース技術に関心を持つ背景には、AIとの融合による人間の能力拡張というビジョンがあります。特にAGI(汎用人工知能)が人類にもたらす未来を考える上で、この技術は避けて通れない存在になっています。

AGIの未来と「種族としての融合」の可能性

―― ブレイン・コンピュータ・インターフェースがAGIとどう関係しているか、もう少し詳しく教えてください。

「サム・アルトマンがMerge Labsを立ち上げる理由として興味深いのが、彼がAGI(汎用人工知能)と人類の関係を非常に深く考えている点ですね。彼は、AIが将来的に人類と対立する可能性を真剣に懸念しているんです。彼自身、ブログで『異なる種族が同じ目標を持った場合、地球上で支配的な存在になるのは一方だけだ』という趣旨のことを書いているんですよ」

If two different species both want the same thing and only one can have it—in this case, to be the dominant species on the planet and beyond—they are going to have conflict. We should all want one team where all members care about the well-being of everyone else.

異なる種族が同じことを望み、それを達成できるのは片方だけ、つまり地球上で支配的な種族になることだとしたら、彼らは対立するでしょう。私たちは皆、メンバー全員が互いの幸福を気遣う、一つのチームを望むべきです。

出典:The Merge – Sam Altman

―― それはつまり、人類とAIが種族として対立するということですか?

「まさにそうです。AIが知能を持ち、人類とは別の存在として自立的に行動を始めるような未来では、必然的に人類との競争や対立が生じる可能性があると。サムはその対立を避けるためには、人類がAIと融合して『デジタルヒューマン』のような存在になる必要がある、と考えているんですね

―― いわゆるSF映画のような未来が現実になる可能性があるわけですね。

「はい、SF的に聞こえますが、サム・アルトマン自身がAGIの開発を進めていることを考えると、彼がそのリスクをリアルに感じている可能性は高いと思います。AIと人間が融合することは、ある意味で競争や争いを避けて一つの種族になるための戦略とも言えるわけです」

―― そのためにMerge Labsがあると?

「おそらくその一環でしょう。特にMerge Labsが低侵襲の手法を選択しているのは、人類が融合を選ぶ際の心理的なハードルを低くするための工夫なのかもしれません。頭蓋骨を開く侵襲的な手術では、多くの人が拒否するでしょうが、より気軽に導入できる手法であれば、その普及が一気に加速する可能性があります」

実際に脳チップを入れることへの社会的反応

ブレイン・コンピュータ・インターフェースの技術的進展は目覚ましいものの、実際に脳内にデバイスを埋め込むことへの社会的な抵抗は根強く存在しています。特に人体強化を目的とした利用に対しては、倫理的な議論が非常に活発に行われています。

―― 脳チップを人体強化目的で使うことに対する一般的な意見ってどうなんでしょう?

「実はアメリカでも、その受け入れはまだまだ難しいようです。例えば、少し古いデータですが2021年秋に行われたピュー・リサーチ・センターの調査によると、脳チップを使った能力強化について『社会的に普及するのは悪い考えだ』と回答した人が56%に達しています。一方、医療用途や病気の治療に限っての利用には支持が高く、この目的の違いが大きな分かれ目になっていますね」

出典:Brain chips: How Americans view the tech amid recent advances | Pew Research Center

―― 能力強化に関する抵抗感はかなり強いようですね。

「はい。実際に、アメリカにはトランスヒューマニスト党という政党があり、人体強化を推進しているのですが、党員数は公式サイトによれば4600人程度(2025年9月現在)。非常に小規模で、政治的な影響力もありません。さらに2024年の調査では、『脳チップが市販されてもおそらく自分は入れない』と答えた人が8割以上でした(おそらくしない19%+絶対にしない63%)」

出典:Brain_Implants_and_Books_Read_poll_results_20240130.pdf

―― それだけ多くの人が抵抗感を持っているのですね。

「そうですね。プチ整形のようなものでも迷う人は多いと思うので、ちょっとした手術でも心理的なハードルは高いですよね。ましてや脳にチップを入れるとなると、かなりの心理的抵抗があるのも当然でしょう。整形手術でさえ躊躇する人が多いのに、脳への手術ともなると、簡単には受け入れられないでしょうね」

―― サムはそんな抵抗感を理解した上で、低侵襲型を推進しているんでしょうか?

「おそらくそうでしょう。もしAGIとの融合が本当に必要な未来が来た場合、できるだけ多くの人が抵抗なく受け入れられるように、心理的負担を最小限にする技術を最初から狙っているんだと思います」

まとめ

今回、ブレイン・コンピュータ・インターフェースをテーマに、サム・アルトマンの新会社とされるMerge LabsやNeuralink、Sonogenetics技術、そしてAGI時代のAIと人類の融合について掘り下げました。技術的な進歩はすでに目覚ましいものがありますが、同時に社会的な抵抗感や倫理的課題も多く存在しています。

サムがAGIとの競争や対立を避けるために人類とAIを融合させる『種族としての融合』を真剣に考えていること、そしてそのために低侵襲型の技術を選択していることからも、彼が単にビジネスとしてだけでなく、本当に人類の未来を真摯に考えていることが伺えます。

まだまだ社会的な受容性が低い中、これらの技術が10年以内に一般化するかは不透明ですが、技術の進化速度を考えると決して非現実的な未来ではないでしょう。私たち自身も、この未来とどう向き合うのか、今後も考え続ける必要がありそうです。

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