
この記事は、Podcast「AI未来話」のエピソード「【10年後】人間とコンピュータが融合する未来(前編)」を再構成した内容をお届けします。
AIの劇的な進歩によって、「ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)」の実用化が現実味を帯びています。脳とコンピュータを直接つなぎ、思考だけでデジタル機器を操作できる技術が10年以内に浸透する可能性が高まっています。その最前線で競い合う企業や革新的な技術開発について詳しく掘り下げます。

ブレイン・コンピュータ・インターフェースとは?

脳とコンピュータを直接つなぐブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)は、すでに身体が麻痺した人々の生活を改善する可能性を示しています。
思考のみでアプリを動かし、オンラインショッピングも可能になる技術の基本的な仕組みを解説します。
脳とコンピュータがつながる仕組み
ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)とは、文字通り脳の活動をコンピュータと直接つなぐための技術です。脳が発する電気信号を読み取り、その情報をコンピュータが理解できるデータへと変換することで、身体を一切動かさずにデジタル機器を操作することが可能になります。
―― 具体的にはどんなことができるようになるんですか?
「例えば体が麻痺して手が動かせない人が、今までは口に棒をくわえてタブレットを操作していましたが、そういったことをせずに、脳で考えるだけでアプリを起動したり、オンラインショッピングを行ったりできるようになります」
―― まるでテレパシーみたいな世界ですね。
「まさにその通りですね。SF映画や漫画の世界がそのまま現実になるような感覚で、今までの常識を覆すような技術革新がもう目の前まで迫っているんです」
ブレイン・コンピュータ・インターフェースの技術的な手法としては、主に「侵襲型(しんしゅうがた)」と「非侵襲型(ひしんしゅうがた)」の二つがあります。
侵襲型は頭蓋骨を開き、脳内に直接電極を埋め込む手法です。身体に対して外科的な処置を行うため、その分安全性の課題もありますが、精度が高く、大量の情報を処理できるのが特徴です。
一方、非侵襲型は頭蓋骨を開くような外科的手術が不要なため、安全性は高いものの精度や送れる情報量には限界があります。
―― なるほど、侵襲型と非侵襲型ではアプローチが全く異なるわけですね。
「そうですね。これに加えて倫理的なアプローチもありまして、主に医療用途と人体強化という二つの方向性に分かれます。医療用途は先ほど話したような麻痺した方を支援する技術で、人体強化は人間の能力そのものを強化しようという方向性ですね。たとえば、記憶力を今の何倍にも増やすとか、健常者の認知能力を高めるような技術を目指しています」
BCI領域のスタートアップ企業
ブレイン・コンピュータ・インターフェースは現在、急速に成長している分野であり、多数のスタートアップ企業が参入しています。一般的に知られているのはイーロン・マスクが率いるNeuralink(ニューラリンク)ですが、実は他にも注目されている企業がいくつも存在します。
オーストラリアに本拠を置く「Synchron(シンクロン)」は、非侵襲型の技術を採用しており、医療用途に特化した研究を進めています。血管を通して電極を脳内に配置する「Stentrode(ステントロード)技術」を開発し、米国FDAの承認を取得したことで実用化に大きく近づいています。
また、米国ユタ州の老舗の神経インターフェース企業である「Blackrock Neurotech(ブラックロック・ニューロテック)」は、2000年代初頭から脳インプラントの研究を続けてきた老舗企業で、侵襲型技術での実績を積み重ねています。
さらに、「Precision Neuroscience(プレシジョン・ニューロサイエンス)」は元ニューラリンクの共同創業者が設立した企業で、ニューラリンクの高度な侵襲型アプローチに対する安全性への懸念から、低侵襲型の安全な技術を開発しています。
―― 意外と多くの企業が競争しているんですね。
「そうですね。ニューラリンクだけが有名になりがちですが、実際にはこういった多様なアプローチが競争している分野なんです。どの企業がどの方向性で成功するのか、あるいは複数のアプローチが共存していくのかが、これから注目されるポイントですね」
医療分野をリードするSynchron(シンクロン)の技術革新

BCI技術は、医療の分野で急速にその有用性が認められ始めています。その中でも、非侵襲型に近い低侵襲の技術を採用し、医療用途に特化した研究を進めているのがオーストラリアのスタートアップ企業「Synchron(シンクロン)」です。頭蓋骨を開けずに脳へアクセスする革新的な技術で注目されています。
頭蓋骨を開けない革新的インプラント技術
シンクロンが開発した「ステントロード技術」は、従来のBCIに比べると非常に革新的な手法です。一般的な侵襲型BCIでは頭蓋骨を開き、直接脳に電極を挿入する必要がありますが、この技術では血管を通じて電極を脳内に配置します。そのため、外科的な負担が大幅に軽減されるのです。
―― 頭蓋骨を開かないで電極を脳に入れるってどうやるんですか?
「血管を経由して脳に到達する方法です。具体的には細いカテーテルを血管内に通して、脳内に細長いステント型の電極を設置します。これにより頭蓋骨を切開するような大規模な手術は必要なくなり、患者への負担が大きく軽減されます」
この低侵襲性が評価され、ステントロード技術は特に医療現場で注目されています。実際に手術が簡略化されることで、術後の回復期間が短縮され、感染症や合併症のリスクも低く抑えることができるのです。
―― 従来の方法よりも圧倒的に患者さんに優しいんですね。
「まさにその通りです。手術のリスクや身体への負担を理由に、従来の侵襲型BCIを受けられなかった患者さんにも新たな希望をもたらしている技術だと言えます」
シンクロンは、このステントロード技術を四肢麻痺などの重度な運動障害の患者に向けて開発しており、特に意思伝達を支援する用途に焦点を当てています。
実用化に向けた現在の状況
シンクロンのステントロード技術は、既に実用化目前の段階まで進んでいます。特に米国FDA(食品医薬品局)から承認を取得しており、厳密な安全基準や効果の証明を求められる臨床試験を順調に進めています。
現在、アメリカとオーストラリアにおいて、すでに6名の重度の麻痺患者がステントロードを脳内に埋め込む臨床試験に参加しています。この臨床試験では、安全性や長期的な有効性を検証している段階ですが、すでに実生活で使えるレベルの成果が報告されています。
Synchron received U.S. authorization for preliminary testing in July 2021 and has implanted its device in six patients. Prior testing in four patients in Australia showed no serious adverse side effects, the company has reported.
シンクロン社は2021年7月に米国で予備試験の承認を取得し、6人の患者にデバイスを移植した。同社は、オーストラリアで4人の患者を対象に実施した以前の試験で、深刻な副作用は認められなかったと報告している。
出典:Exclusive: Synchron, a rival to Musk’s Neuralink, readies large-scale brain implant trial | Reuters
―― 実際にどんな成果が出ているんですか?
「患者さんが脳内でイメージしたことを、リアルタイムでデジタル機器に伝えることができています。例えば、頭の中で考えただけでテキストメッセージを書いて送信したり、オンラインショッピングで買い物をしたりといった日常的な動作が可能になっています」
シンクロンの技術はビル・ゲイツやジェフ・ベゾスが設立したファンドなど、著名な投資家や組織からも高く評価されており、資金面でも充実したサポートを得ています。さらに、AI大手企業NVIDIAとも戦略的なパートナーシップを構築し、AI技術を駆使した更なる技術向上を目指している状況です。
現在、シンクロンは10~20名規模の最終段階の臨床試験(ピボタル試験)の準備を進めており、数年以内の一般的な医療現場での実用化を視野に入れています。今後、同社のステントロード技術が医療の常識を変える可能性も大いにあるのです。
―― 医療の現場で、ブレイン・コンピュータ・インターフェースが普通に使われる未来が近づいているんですね。
「はい、その通りです。今後数年間でBCIが当たり前に医療の現場で利用されるようになれば、多くの患者さんの生活の質が劇的に向上することは間違いありません」
BCIの最前線!Neuralink(ニューラリンク)の挑戦と未来

ブレイン・コンピュータ・インターフェースの分野において最も注目されている企業が、イーロン・マスク率いるNeuralink(ニューラリンク)です。
ニューラリンクは侵襲型技術をベースにしつつも、人体強化を将来的な目標に掲げ、革新的な研究を続けています。ここではニューラリンクが持つ先進的な技術と、既に始まっている臨床試験での成果について詳しく掘り下げます。
ニューラリンクが描く未来と技術革新
ニューラリンクは、人間の脳に直接埋め込む超小型チップ「N1チップ」を開発しています。このN1チップは、1チップあたり1024本という極めて多くの微細な電極を持ち、従来の技術と比較すると圧倒的に高いデータ伝送能力を誇ります。

―― なぜ電極の数が多いことが重要なんですか?
「電極が多いほど脳から送れる情報量が増えるため、より精度が高く複雑な指示を瞬時にデジタル機器に送れるようになります。実際、医療用途で実用化目前とされるシンクロンの『ステントロード技術』で使用されている電極はわずか16本です。ニューラリンクの1024本という電極数が、いかに桁違いの性能を持つか分かると思います。インターネット回線で例えれば、ADSLから光回線に変わるような劇的な性能向上を実現しているわけです」
この極めて複雑な脳内への埋め込み手術を、人間の手ではなく「R1」と呼ばれる専用ロボットが担当します。

R1は髪の毛より細い電極を精密かつ迅速に脳内に挿入する能力を持ち、人間が行うよりも手術時間を短縮し、安全性を大幅に高めています。
―― 手術自体もロボットが行うんですか?
「そうです。非常に精密な作業になるため、人間が行うよりもロボットの方が正確で安全に手術を行えるんです。結果として手術時間が短くなり、患者さんへの負担も少なく済むようになります」
臨床試験で示された驚異の成果
ニューラリンクは2024年から人間を対象とした臨床試験を開始しており、既に驚くべき成果を挙げています。試験に参加した最初の被験者は、水泳の事故で首から下が麻痺した30歳の男性でした。彼は手術後わずか1週間で思考だけによるコンピュータの操作訓練を開始し、短期間で驚くほどの適応能力を見せています。
―― 具体的にはどのような成果があったんでしょうか?
「最初は手を動かすイメージを使ってコンピュータのカーソルを操作していましたが、数日後には、頭で思い浮かべただけで自由自在にカーソルを動かせるようになりました。現在はSNSでテキストメッセージを送ったり、オンラインチェスやシミュレーションゲームを楽しんだりと、健常時と変わらない日常を送っています」
現在アメリカでは7名の患者がN1チップを埋め込んでおり、ニューラリンクは最終的に10~20名規模の臨床試験を目指しています。
Elon Musk’s Neuralink company has officially implanted its N1 brain-computer interfaces (BCIs) in seven individuals, according to a recent statement from the company’s surgical partner, Barrow Neurological Institute.
イーロン・マスク氏のニューラリンク社は、同社の外科パートナーであるバロー神経研究所の最近の声明によると、7人の被験者にN1脳コンピューターインターフェース(BCI)を正式に移植した。
出典:Neuralink Hits 7 Users as Global Brain Implant Count Remains Under 100 – The Debrief
双方向通信を実現する次世代のBCI
ニューラリンクが目指す次の段階は、双方向通信です。従来の技術では、脳からコンピュータへの一方向通信が中心でしたが、将来的にはコンピュータから脳へ情報を送ることも可能になる見込みです。
―― コンピュータから脳に情報が送られるというのは、具体的にどういうことですか?
「今は自分の考えを機器に送るだけですが、将来はコンピュータからのフィードバックが直接脳に送られることになります。例えば、自分が忘れてしまった情報をAIに尋ねると、その答えが瞬時に脳内に返ってくるというような使い方が考えられます」
さらに、将来的には脳同士が直接つながる「テレパシー」のようなコミュニケーションも実現可能になるかもしれません。
視覚障害を克服する新プロジェクト「Blindsight(ブラインドサイト)」
ニューラリンクはさらに一歩進んで、「Blindsight(ブラインドサイト)」という新たなプロジェクトにも取り組んでいます。このプロジェクトは目を介さず、視覚情報を直接脳に送り込むというものです。これにより、先天的に視覚を失った人でも視覚情報を得ることが可能になるかもしれません。
―― 目を使わないで、どのように視覚情報を送るのでしょうか?
「目の役割を飛ばして、直接脳内の視覚野に電気信号を送ることで『見る』という体験を提供する仕組みです。この技術は米国FDAの『ブレイクスルー機器』指定を受けており、臨床試験や実用化のプロセスが迅速に進められるよう支援を受けています」
このようなニューラリンクの積極的な取り組みは、単に人体強化を目指すだけでなく、多くの障害を持つ人々の生活を劇的に改善する可能性を秘めています。
―― まさにSFの世界ですね。
「本当にその通りですね。私たちがかつて想像した未来が、今まさに現実になろうとしているところです」
まとめ
今回の記事では、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)がどのような技術であり、現在どのような企業がその分野で競争を繰り広げているのかを掘り下げてきました。
非侵襲型・低侵襲型の技術を用いて医療分野で着実に成果を挙げているシンクロンは、実際に患者の日常生活を大きく改善し、実用化目前の段階まで到達しています。一方、イーロン・マスク率いるニューラリンクは、圧倒的な技術革新により侵襲型BCIの限界を押し広げ、人体強化を目指す大胆なビジョンを提示しています。
来週配信する後編では、新たにブレイン・コンピュータ・インターフェースの市場に参入してきたと噂されている、サム・アルトマンの新会社について、その具体的な事業内容を解説するとともに、ニューラリンクをはじめとした他のブレイン・コンピュータ・インターフェース企業との技術的な違いについても詳しく紹介します。
さらに最後には、BCIとAIがどのように結びついていくのか、そして、果たして10年後には人間とコンピュータが融合する未来が本当に実現するのか――。これらについても深掘りしていきます。
来週のヒントは「AGIの先の未来」です。お楽しみに。