映画ブルータリストから考えるAI活用方法

AIメディアを運営する男性2人が”ながら聞きでも未来がわかる”をテーマに30分で生成AIのトレンドを解説するPodcast「AI未来話」。

このnoteでは番組のエピソードからトピックをピックアップして再構成したものをお届けします。

今回は「映画ブルータリストから考えるAI活用方法」を再構成した内容をお届けします。

目次

『ブルータリスト』公開とAI活用が注目される背景

『ブルータリスト』とは?あらすじと公開日

私たちは最近、映画業界におけるAI活用が大きな注目を浴びていると感じています。そのきっかけのひとつが、2025年02月21日(金)日本公開の新作映画『ブルータリスト』です。

私たちは決して映画の宣伝をしたいわけではありませんが、この作品の中で採用されたAI技術が大きな話題を呼んでいると考えています。

『ブルータリスト』のあらすじは以下となります。

才能にあふれるハンガリー系ユダヤ⼈建築家のラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、第⼆次世界⼤戦下のホロコーストから⽣き延びたものの、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)、姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。家族と新しい⽣活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。建築家ラースロー・トートのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラースローの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。しかし、⺟国とは⽂化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が⽴ちはだかる。ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは⼤きな困難と代償だったのだ――。

出典:ブルータリスト – 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

私たちはまだこの映画を実際に観ていませんが、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞へのノミネートで注目された際、その制作過程におけるAI技術の利用が公表されたことが興味深いポイントです。

ブルータリストで活用されたRespeecherというAI音声技術とは

『ブルータリスト』にはハンガリー語のセリフが重要なシーンで登場するといいます。実際には英語を話す俳優がハンガリー語をしゃべるため、発音やイントネーションの問題が出てきました。

特にハンガリー語は発音が非常に難しいとされ、いくら練習やリハーサルを重ねても限界があるという制作陣の悩みがあったそうです。

そこで導入されたのがウクライナのスタートアップ企業であるRespeecher(リスピーチャーの音声技術でした。

Respeecherの技術では、俳優が発したセリフを合成音声の仕組みで、本場のネイティブスピーカー並みの発音に変換できます。

この技術はすでにDisney+で配信されている『オビ=ワン・ケノービ』『マンダロリアン』『ボバ・フェット』などの作品において、故人の声や独特の音声合成を担当していることで有名になりました。

例えば『オビ=ワン・ケノービ』では、亡くなったダース・ベイダー役の声優の声を再現したことが話題となりました。

Respeecherは、Disney+のストリーミングサービスで配信されている「オビ=ワン・ケノービ」などで音声合成を使用するためにルーカスフィルムにオファーを受け、独自のAIアルゴリズムと音声記録を利用し、当時のジェームズ・アール・ジョーンズの声を作り出したという。

Respeecherが再現した合成音声は、2022年5月からDisney+で配信されている「オビ=ワン・ケノービ」や「マンダロリアン」、「ボバ・フェット」にも使用され、誰も気付けないほどの高品質な合成音声となっている。

出典:AI搭載の音声ソフトウェアがダース・ベイダーの声を引き継ぐ – IT MAGAZINE | みんな読んでる「高校生向けIT情報メディア」

私たちは、この映画の編集者ダーヴィド・ヤンチョ氏が語っている「AIについて話すと、すぐに物議を醸してしまうが、もっとオープンに議論すべきだ」という言葉に大いに共感しています。

「業界では AI について話すことは物議を醸しますが、そうであるべきではありません。AI がどのようなツールを提供できるかについて、非常にオープンな議論を行う必要があります。この映画で AI が使用されていることで、これまでに行われていないものはありません。AI によってプロセスが大幅に高速化されるだけです。撮影するお金や時間がなかった小さなディテールを作成するために AI を使用しています。」

出典:The Brutalist’s AI Controversy, Explained | Vanity Fair

これまでは隠されがちだったAI活用を、今回の作品では堂々と発表し、それによって「役者が難しい発音のセリフをこなす」「予算や時間の制約をクリアする」という、新しい道を切り開いたわけです。

私たちは、あえてAI使用を公表した点を「映画への正しいAI活用方法」のヒントとして評価しています。

実際に私たちは「声や言語の壁をAIが乗り越えられるなら、それは映画に新たな可能性をもたらすのではないか」と感じています。

たとえば欧米映画の日本語吹き替え版でも、口の動きとセリフが完璧に一致するようになるなど、次世代の映像体験が実現するかもしれません。『ブルータリスト』の事例は、「俳優に不可能だったこと」をAIが補うことで、ストーリーへの没入感を高めている点に非常に大きなインパクトがあると考えています。

FlawlessAIのシネマティック・リップ・シンシングの活用

ブルータリストで合成音声技術が注目されましたが、関連する技術としてリップシンクの現状にも触れておきましょう。ここで紹介するのはFlawlessAIが提供する「シネマティック・リップ・シンシング」(Cinematic Lip Syncing)という技術です。

これは俳優の口の動きセリフを別言語や別の言い回しに差し替える際に、映像を違和感なく調整してくれるAI技術です。

アメリカでは、Fワードのような過激な表現をセリフから削除あるいは言い換えることで、年齢制限のレイティングを引き下げる試みがありました。

具体的には2022年に公開された映画『FALL/フォール』という作品で、Fワードをマイルドな表現に置き換え、口元もAIで修正することでR指定を回避して幅広い層に公開できるようにしたのです。

私たちは、これまでなら単純に放送禁止用語を「ピー音」で消したり、吹き替えだけ別表現にしたりという対応だったのが、今や口の動きごと自然に変えられるところにAIの本質を感じます。

つまり、AIが単に音声を置き換えるだけではなく、映像上の表現もシームレスに書き換えることで、映画全体の整合性を保つことができるようになっているわけです。

言い換えれば、リップシンク音声合成がセットで高度化することで、世界中のどの言語にも完璧に対応した映像が瞬時に生成される未来が見えるのではないか、と私たちは考えています。

たとえば一つの映画が、日本語版・英語版・ハンガリー語版など、各国語のセリフに合わせて俳優の口の動きも自動的に合うように編集される時代が現実的に近づいているということです。

海外映画を吹き替え版や字幕版で観る際の違和感がほとんどなくなる日が来るかもしれません。このように映画表現の可能性が拡張する一方で、映像をどこまで改変して良いのかという倫理的な議論も必然的に起こると感じています。

『HERE 時を越えて』公開と俳優の若返りで活用されたAI技術

『HERE 時を越えて』とは?注目のディエイジング技術

最近の映画市場で注目のAI技術としては、映像処理による俳優の若返り(ディエイジング)や、フェイススワップの技術です。いまや大作映画のなかで使われることが珍しくなくなってきていますが、その代表例としてメタフィジック社(Metaphysic)の高度な技術が挙げられます。

たとえば、2023年に公開された『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』では、主演のハリソン・フォードが若返った姿で登場するシーンがあります。

従来は特殊メイクやCG処理を駆使し、何年もかけて膨大な手間とコストを投入してきたと言われます。報道によると、この若返りシーンに関わる作業には100名以上のアーティストが3年がかりで取り組んだとされていました。

現在80歳のハリソンを37歳に見せるため、VFX制作会社インダストリアル・ライト&マジックの100人以上のアーティストが3年という時間を費やしたとVarietyが伝えた。

出典:『インディ・ジョーンズ』新作のハリソン・フォードの若返り、100人以上が3年を費やし実現|シネマトゥデイ

私たちは、そのことを聞いた時、いかにデエイジングの表現が難しく、映画制作の大きな負担になっていたかを再認識しました。

しかし、メタフィジック社が開発した技術では、俳優の過去の映像データをAIが学習してリアルタイムで合成することが可能になります。

これを活用すると、膨大な人手や長い期間をかけずとも、比較的短期間で高品質な若返り映像を作り上げられるようになるのです。

実はこれを活用した話題の映画も公開を控えています。ロバート・ゼメキス監督の新作『HERE 時を越えて(原文はHere)』が2025年4月4日に日本公開される予定です。

この作品は、フォレスト・ガンプのキャストとスタッフが送る話題作で、内容としては地球上の「ある地点」にカメラが固定され、定点カメラで時代が流れていくのを追いかけていくというストーリーです。

恐竜が駆け抜け、氷河期を迎え、オークの木が育ち、先住民族の男女が出会う。悠久の時を越えてその場所に家が建ち、いくつもの家族が入居しては出てゆく。
心を揺さぶるドラマと共に。1945 年、戦地から帰還したアル(ポール・ベタニー)と妻のローズ(ケリー・ライリー)が家を購入し、やがてリチャード(トム・ハンクス)が生まれる。
世界が急速に変化していく中、絵の得意なリチャードはアーティストになることを夢見ていた。そんな中、別の高校に通うマーガレット(ロビン・ライト)と出会い、2 人は恋におちる。
マーガレットは、高校卒業後は大学に進学し、弁護士になることを目指していた。だが、ここか
ら思いがけない人生が始まる──。

出典:HERE 時を越えて – 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

この作品ではメタフィジック社のAI技術を活用し、俳優のトム・ハンクスとロビン・ライトが10代から70代までの年齢を1人で演じきることができたそうです。

ディエイジング技術の発展によって、「物語の都合で俳優の年齢を調整する」ことが容易になることは、映画制作の幅を大きく広げると思います。

時系列が入り乱れる脚本でも、ひとりの俳優が複数の年齢を演じられるわけですし、何より撮影のスケジュール効率や制作費の節約が見込める利点があります。

私たちはこうした利点がさらに一般化してくると、これまで撮れなかった壮大なスケールの物語が実現できるんじゃないかと期待しています。

サウスパーク制作陣のディープフェイクで見る新たな表現

ディエイジングだけでなく、フェイススワップの技術もまた進化を続けています。この技術で最近注目を集めているのは、人気アニメーション『サウスパーク』の制作者が立ち上げたディープ・ブードゥー(Deep Voodoo)というスタジオです。

ここは当初からディープフェイク技術で注目を集め、そのクオリティの高さで映画業界や音楽業界から多数のオファーを獲得しているといいます。

現代のヒップホップシーンで頂点に立つラッパーのひとり、ケンドリック・ラマーは、新曲「The Heart Part 5」のMVにこのディープフェイク技術を持ち込み、自らの顔を歌詞内容に合わせた様々な著名人に変化させてみせている。

この映像は、アニメ『サウスパーク』のクリエイター、トレイ・パーカーとマット・ストーンが設立したスタジオDeep Voodooによって生み出された。

出典:ディープフェイク進化形。ケンドリック・ラマー、新MVで顔をカニエ、コービーらに七変化【Gadget Gate】 – PHILE WEB

2024年2月には、伝説的シンガーソングライターのビリー・ジョエルが17年ぶりに新曲『Turn the Lights Back On』をリリースしました。

このミュージックビデオでは、75歳となったビリー・ジョエルが静かにピアノを弾きながら歌い始め、その映像から次々と年齢が変わっていく演出が施されていました。

最初の現在の姿から、デビュー当時の若々しい顔に切り替わり、そこからまた少しずつ現在の姿に戻っていくという流れです。

このような一連の映像効果はディープ・ブードゥーが得意とするディープフェイク技術の賜物であり、実際に演奏している本人の動きのままに、顔だけが滑らかに変化していく様子を作り出しています。

私たちは、音楽業界でも映像表現が非常に重視される時代になったと感じています。以前は過去のライブ映像や写真をコラージュして「懐かしさ」を演出する手法が使われていました。

しかし今では、AIディープフェイクを用いて「現在のアーティストと若き日のアーティストが同じ空間に共存する」ようなビジュアルを作ることも不可能ではありません。

アニメーション映画では完全生成AI映画が近づきつつある

AiMation Studiosは4人で8週間にまで効率化

ここまで私たちは、人が演じる映画にAI技術がどのように組み込まれるかを考えてきました。ところが、さらに進んだ事例として、アニメーションや一部実写パートまでをほぼ完全に生成AIで作り上げてしまうプロジェクトが世界各地で進行しています。

私たちはこうした動きを「完全AI映画」への一歩と捉えています。

注目したのが、AiMation Studiosという企業が手がける『Where the Robots Grow』という作品です。2024年10月に公開されたこの映画は、当初は9人のチームが90日間で完成させたと報道されました。

その時点でもアニメーション映画としては異例の短工期ですが、最新の発表では、さらに4人のチームが8週間(56日)ほどで同規模の映画を制作できるようになったといいます。

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AI映画制作が大幅短縮 AiMation Studiosは4人で8週間にまで効率化 映画制作の在り方がAIによって変わりつつあります。AiMation Studiosは、AIを駆使したアニメ映画「Where the Robots Grow」を2024年10月に公開しました。 本作は、わずか9人のチームで90日間という短期間で制作され、従来の手法であれば数年を要し、莫大なコストがかかるとされる長編アニメ映画を、AIの力で大幅に効率化しました。

私たちはここに驚かざるを得ません。大規模なアニメ映画の制作といえば、通常は何百人ものスタッフと何年もの期間が必要なイメージがありますが、それがたった数人、しかも数週間で仕上がるのはまさに驚愕です。

さらに、すでに25本のAI映画を同時進行で開発中との報道もあります。仮にすべての作品が2か月ほどで完成するなら、一年で何十本ものアニメ作品を量産できてしまう計算になります。

ここで私たちが強調したいのは、AI活用の目的が単なる予算の削減効率化だけでは終わらない可能性があることです。

確かに、小規模なチームでも高品質な映像を作れるようになれば、これまで映画やアニメを作れなかった個人やインディーズレーベルがコンテンツを発表できるようになります。

しかし、現場では「映画のクオリティを上げるためにAIを使う」という声も根強く、効率化の副産物としてより高度な映像表現を追求する動きが生まれています。

私たちは、クオリティを下げることなく制作スピードを加速させられるのであれば、それは業界にとって素晴らしい革新だと感じます。

NetflixとWITスタジオの犬と少年から日本の事例も続々

一方、日本でも徐々にAIを使った映像作品が増え始めています。例えばNetflixWITスタジオが2023年1月に発表した短編アニメ『犬と少年』では、アニメの背景画生成AIで制作したことが話題になりました。

1月31日、Netflix アニメ・クリエイターズ・ベース(以下、クリエイターズ・ベース)、rinna、WIT STUDIOは、共同プロジェクト アニメ「犬と少年」を公開しました。2022年1月に始動した本プロジェクトでは、アニメ制作と並行してアニメ背景画生成ツールの共同開発にも挑戦。アニメの背景美術制作を最新技術によって補助できるかを実験しました。

2021年9月に開設以来、クリエイターズ・ベースは長期的にアニメーション制作を支援するため、さまざまなかたちでパートナーと制作過程におけるベスト・プラクティスを模索してまいりました。今回のプロジェクトは、その一環で実験的に実施したものです。

出典:Netflix クリエイターズ・ベース、rinnaとWIT STUDIOとの共同制作プロジェクト、アニメ「犬と少年」を公開。クリエイター支援の可能性に一手を。 – About Netflix

WITスタジオといえば、『スパイファミリー』や『進撃の巨人』などのヒット作を手がけている実力派アニメ制作会社です。

背景美術はアニメの世界観を大きく左右する重要な要素だけに、生成AIによってそれが担われたというニュースは、大きな驚きと同時に「アニメーターの仕事が置き換えられるのでは?」という声を呼びました。

私たちが考えるに、ここで注目すべきは、アニメ会社側がAIを活用したと公表している点です。かつては制作工程の一部をデジタル化しても、それを表立って言うことはあまりありませんでした。

ところが、NetflixとWITスタジオは『犬と少年』で堂々と「生成AIで背景を描きました」と打ち出した。映画やアニメに限らず、AI活用のオープン化が進んでいる一例だと思います。

さらに、2025年に公開予定と発表された3本の短編オムニバス映画『generAIdoscope:ジェネレイドスコープ』では、映像・⾳声・⾳楽すべて⽣成AIで制作したとしています。

私たちはこのプロジェクトがどの程度の規模で行われるのかはわかりませんが、「自主制作のような小規模体制なのか、商業ベースなのか、現段階ではまだはっきり見えてこない」という印象です。

ただ、このような試みが少しずつ増えていくことは確かで、完全AI映画と呼ばれるジャンルが確立される日も近いと感じます。

脚本家と俳優のストライキで獲得したAI時代の権利とルール

全米脚本家組合(Writers Guild of America)が勝ち取ったAI使用制限

私たちはここまで映画やアニメ制作の現場でAIが活躍する事例を紹介し、それが素晴らしい可能性を持つと感じてきました。

同時に、2023年5月から大きな注目を集めた脚本家組合(Writers Guild of America)のストライキにも目を向ける必要があります。これは、生成AIの普及が映画脚本やテレビシリーズの脚本にも波及してきたことで、脚本家の仕事が大きく変わる可能性が浮上したからこそ起きた出来事です。

実際、このストライキでは、脚本家たちが「AIで脚本を自動生成したものを押し付けられないようにする」ことや「脚本の使用料や権利を守る」ことを強く訴えました。

その結果、約5か月にも及ぶストライキの末、2023年9月にスタジオ側が合意した新しい契約には、以下のような内容が含まれたと私たちは把握しています。

  • AIを使って脚本やト書きを書く、あるいは書き直すことができない
  • 脚本家に渡された資料がAIによって作成されたものである場合は、その事実をスタジオが開示することを保証
  • AIの学習用に脚本家の許可なく自分の台本を使用できないよう保護
  • 脚本家が自身の仕事においてAIを使用できることも明記

つまり「脚本家という人間のクリエイターが主体となるならAIを道具として使用しても良いが、AIが脚本家を完全に置き換えるのは許さない」という線引きです。

私たちは、この合意により脚本家の権利が守られたと同時に、AIがクリエイティブ作業をサポートする道も開かれたのだと理解しています。これが映画業界だけでなく、音楽、ゲーム、出版など、あらゆるクリエイティブ分野にも波及するモデルケースになると感じています。

俳優組合(SAG-AFTRA)が求める許諾と報酬

脚本家のストライキに続いて、俳優組合(SAG-AFTRA)でもAIを巡る問題が大きく取りざたされました。

俳優たちもやはり、自分の姿や声がAIによって勝手に再現されたり、亡くなった後でも“出演”させられるリスクを危惧していたのです。

実際、AIで再現されたダース・ベイダーの声のような事例を見れば、故人の肖像や声をどのように扱うかという問題は、すでに現実のものとなっていると私たちは認識しています。

そこで俳優組合が求めたのは、生死を問わず俳優のデータを利用する際には事前の同意と報酬を保障する仕組みでした。

すなわち、俳優が存命中でもすでに亡くなっていても、顔や声のデジタルコピーを作る際は必ず契約上の同意を得て、対価を支払わなければならないという考え方です。

私たちは、これがストライキの重要な争点だったと理解しています。なぜなら、デジタル上でいくらでも複製できるデータを、無制限に使われると、「俳優」という職業そのものの存在意義が脅かされるからです。

結果として、脚本家同様、俳優たちも自分たちの権利を守るため、スタジオ側と歩み寄りを模索することになりました。

ストライキという形で一旦は対立の図式になりましたが、最終的には「俳優本人の許諾と適切な報酬を条件に、AIでの再現を認める」という方向が示唆されています。

この動きは私たちが冒頭で触れた『ブルータリスト』やその他のAI活用作品が続々と現れている業界の潮流を考えるうえでも、大きなルール整備と言えるでしょう。

アカデミー賞では2026年以降、作品におけるAIの使用状況を義務開示する動きもあると報道されています。

映画アカデミーはアカデミー賞への応募要件を変更し、映画がAIの使用を開示することを義務付けることを積極的に検討していると バラエティ誌 が報じた。

アカデミーは現在、AIの使用に関する開示フォームを任意で提供しているが、理事会と支部執行委員会は現在、4月に発表される予定の2026年アカデミー賞の規則で開示を義務化することを目指して、各支部でAIがどのように使用されているかを調査している。バラエティ誌が入手した情報によると、アカデミーの科学技術評議会も推奨文言の作成に取り組んでいるという。

出典:Oscars Consider Requiring Films to Disclose AI Use

これは、脚本家や俳優の権利を守るだけでなく、私たち観客が「この映画のどこにAIが使われているのか」を知るための仕組みになるかもしれません。

私たちは、オープンにすることでむしろ「AIの正しい活用方法」が広まると期待しています。ストライキの結果、映画制作のベースは基本的に人間の創造性を尊重しつつ、AIがそれをサポートする形で共存を目指す道筋が示されたと言えます。

映画に限らず脚本・構成こそがコンテンツ作品の根幹

私たちが最終的に感じているのは、映画に限らずあらゆるコンテンツ制作の世界で、「何が一番大切か」という問いに対する答えはやはり「構成」に行き着くということです。

Podcast「AI未来話」を配信している私たちは、毎回自分たちのトーク構成を振り返り、「どうすればリスナーが最後まで聞いてくれるのか」「どの順番で話題を提示するとより分かりやすいのか」を試行錯誤しています。

その際に何度も実感するのが、構成がしっかりしていなければ、どんなに内容が面白くても途中で飽きられてしまうという現実です。

映画においては脚本がまさにこの構成に当たる部分であり、ストーリーの骨格と言えます。アクションシーンがどれだけ迫力があっても、CG技術やVFXがどれだけ凄くても、物語全体の構成が破綻していれば感動は生まれません。

ストライキでも、脚本家が「AIに取って代わられるわけにはいかない」という姿勢を貫きました。実際の合意内容でも「脚本家が主体となり、AIを活用するのは構わない」という形になりました。

私たちは、ここがとても重要な分岐点だと考えています。つまり、「人間が自分の作りたい物語を明確にもっていて、その上でAIを使って表現を広げる」という構図こそが、今後の映画業界のAI活用の在り方になるのではないかと思っています。

撮影時には脚本家や監督、スタッフのアイデアが集結し、アクションや演技が形になっていきます。そのうえで、若返りリップシンク音声合成などのAI技術が後から重なる形で加わると、単に制作効率を上げるだけでなく、今まで諦めていた演出ができるようになるわけです。

今までは、「できるかぎり人間でやるべきだ」「AIなんて使うと芸術性が損なわれる」という声もあったように思います。

ですが、『ブルータリスト』の例に象徴されるように、役者が到達できなかったハンガリー語の発音をAIが補った結果、より高い没入感完成度を得られるなら、それは制作陣や俳優にとっても大きな利点でしょう。

一方で「予算削減のために人員を削り、すべてAIに作らせる」という方向は、私たちとしてはあまり推奨したくありません。

確かにAiMation Studiosの例では、「4人で8週間」でアニメ映画を作れるという驚異的な効率を実現していますが、その背景には「効率化によってより多くの作品を創り出し、AIと人間が新しい表現に挑戦する」というポジティブな狙いがあると考えています。

もし単に経費カットだけが目的なら、その世界に豊かな創造力が育まれるかどうかは疑問です。私たちは映画やアニメーションが単なる「消費」ではなく、制作者の情熱や信念が詰まった芸術作品であることを重視したいと思っています。

だからこそ、「構成」や「脚本」の段階でどれだけ練り込まれたアイデアがあるかが勝負になり、AIがその演出を高めるツールとして活躍するのが理想形だと感じます。

私たちは「AIのない時代には実現できなかった作品」がさらに増えていくことを期待しています。

そして、その先にあるのは、監督や脚本家、俳優といった人間クリエイターの独自性がますます重要になる世界ではないかと考えています。

最終的には、私たちが作りたいと思う「ストーリー」や「世界観」に説得力があればこそ、AI技術がそれを彩ってくれる。そうした未来を思い描くとき、映画はますます面白くなるだろうという希望を持っています。

まとめ

この記事では、映画『ブルータリスト』でのAI活用を入り口に、最近の映画業界で注目される音声合成やリップシンク、フェイススワップ、ディエイジングなどのAI技術について紹介しました。

脚本家組合や俳優組合のストライキにより、人間の創造性を守りつつAIの力を活用するためのルール作りが進んでいる点も重要です。

私たちは、映画制作の核となる構成や脚本こそが最も大切であり、その上でAIを使うことで、新たな映像表現が実現すると考えています。

さらに効率化だけでなく、作品のクオリティ向上につながる活用こそが「正しいAIの使い方」だと実感しています。

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