クリエイティブ制作からマーケティングまで、変わる広告の未来。株式会社オプト アドAI統括室 室長の西森智也氏インタビュー

 広告業界はAIの進展により大きな転換期を迎えている。

 コンテンツ消費量の増加に伴うクリエイティブ制作の需要拡大、プラットフォームの進化による広告配信の変化、そしてAIによる業務プロセスの変革。今回は、株式会社オプト アドAI統括室 室長の西森智也氏にデジタル広告の最前線から、AIがもたらす変化と今後の展望について語っていただいた。

目次

広告業界が直面する課題:コンテンツ消費量の急増とAIの影響

――まず、広告業界における現状の問題や課題点について教えてください。

西森 智也氏:2020年以降、消費者のコンテンツ消費量が急増しました。この背景には、コロナ禍やプラットフォームの進化、通信環境の改善など、複数の要因が絡み合っています。特に縦型動画の普及により、短時間で大量のコンテンツが消費されるようになりました。

 MetaやGoogleなど主要なプラットフォームでは、広告配信のレコメンドロジックにAIが導入されています。この進化により、消費者一人ひとりにパーソナライズされた広告が配信可能になりましたが、それに伴い、膨大な量のクリエイティブが必要とされています。

 例えば、従来は同じクリエイティブを2週間ほど配信してもユーザーの反応率に変化はありませんでした。しかし現在では、5日に1回程度の頻度でクリエイティブを変更しないと反応率が大幅に低下します。

 これはユーザーが「見飽きているもの」に反応しなくなったことが要因の一つです。また、プラットフォーム側も同じクリエイティブを繰り返し配信することで、ユーザーが離脱するリスクを懸念しています。

 そのため、例えばMetaでは、AIを活用して似ていないクリエイティブを優先的に配信する傾向がみられます。このような施策が、コンテンツ消費量の増加をさらに後押ししています。

 こうした背景の中、広告代理店は広告効果を高めるためにもクリエイティブの納品数を従来の倍以上に増やす必要に迫られています。そのため、AIの活用をどのように進めるかが、広告代理店にとって重要なテーマとなっています。

プラットフォームにおける類似クリエイティブの判定と対策

――似ているクリエイティブというのはどのように判定しているのでしょうか。

西森氏:例えば靴ブランドで例を挙げると、Nike、adidas、PUMAの3ブランドが広告を出稿した場合、Metaとしては、靴のカテゴリーとしてフラグ分けされていることが多いです。

 例えば、すでに配信されている靴ブランドの広告が類似してしまっている場合に、さらにNew Balanceが、同じような靴のクリエイティブを入稿すると、「似ているクリエイティブ」としてカテゴライズされます。結果として、New Balanceの配信は初速から伸びなくなってしまう、配信単価が高くなってしまうというのが、他社アカウントの比較の中でも、自社アカウントの中でも起きています。

 そのため、私たちは似ていないクリエイティブを作るということに重きを置いています。ユーザーに多様な表現を提供するというのが、広告効果の向上や、プラットフォームの思想、さらには、ユーザーの顧客体験向上という観点からも必要とされています。また、制作をするだけでなく、自社でツールを開発し、クリエイティブの類似性を測るということもしています。

 例えば、2つのクリエイティブがどの程度似ているかを、AIを活用して計測すると、レイアウトやフォント、トンマナなど、大量な項目によってチェックできます。これら全てをデータ化して、どれだけ似ているかを尺度としてAIにて計測しています。

 上の図にある数字は、実際に制作した類似度チェックのツールで比較した、クリエイティブの類似度です。この数字が0.8を上回ってしまうと「似ている」クリエイティブとして配信ができない傾向があるため、0.8以下のクリエイティブの制作をデザイナーにお願いしています。

――ゆくゆくは「似ていないバナー」をAIが自動生成してくれるようになるのでしょうか?

西森氏:現状においては、AIでバナーが作れるというのは誇大表現だと思っています。あくまでAIが生成できるのは「素材」であって、それらを組み合わせてバナーに落とし込むにはデザイナーの存在が欠かせません。また、動画を中心に全てAIで制作したクリエイティブの事例も見られていますが、それらの制作にあたって人間が何度もプロンプトを書き直している事実があります。しばらくは人の介在が必要になるでしょう。

 少し話は変わりますが、広告主様にクリエイティブを納品しようとすると、広告代理事業の商慣習的に案件に対してデザイナーが固定されることが多くあります。それは、広告主様ごとにレギュレーションが異なるため、OKとNGのラインが広告主様ごとに違ったり、ご担当者様の好みがあったりするため、毎回デザイナーを変えると、細かい文脈や広告主様の世界観をとらえきれず、過去に却下していたものと同様のデザインを再度提案してしまうことになりかねないからです。

 このような属人的な運用は、効率や生産性の向上を目指す広告代理店の理想とは相反します。しかし、高品質を追求する上でデザイナーに依存する状況が続いています。

 また、デザイナーの得意分野や嗜好が制作物に影響し、結果として特定のスタイルに偏るリスクも指摘されます。この偏りが、ユーザーが求める「新鮮で見飽きない広告体験」を提供する上での課題となっています。

 長期的には、こうした課題が広告主の広告効果を下げる要因となりかねません。この問題を解決するため、オプトでは、クリエイティブ制作プロセスを効率化しながら多様性を確保できるツール開発に取り組んでいます。

 このツールにより、デザイナーの属人性を軽減しつつ、ユーザーに新鮮なクリエイティブを提供することで、広告効果の向上を目指しています。AIがバナーを作ってくれることは(今は)ありませんが、AIと人が共同することでより良いバナーを作っていくことは、既に生じていますし、今後もより加速していくと思います。

AI導入における2つの課題と克服方法

――AIを社内に導入する際、どのような課題があったのでしょうか?

西森氏:大きく2つの課題がありました。

 1つ目は「AIが広告バナーを作れる」という過大な期待です。このような誤解に惑わされないことが重要だと考えています。確かにAIはクリエイティブのバリエーションを増やし、制作を効率化できますが、最終的に広告主様の想いや文脈を正確に汲み取り、素材を組み合わせる役割はデザイナーが担うべきです。

 2つ目は、AIの生産性向上を広告代理店側の効率化だけで終わらせず、広告主様やユーザーにとって価値あるものとする必要がある点です。「このバナーはAIが良いと判断したものです」と説明責任を放棄するのは簡単です。しかし重要なのは、広告主様の期待やユーザーの心を動かす広告に仕上げることです。そのためには「AIに委ねる」のでは不十分で、「広告主様やユーザーのためにどうAIを活用するべきか」を考え続ける必要があると考えています。

――これらの課題に対して、どのような方法で克服されたのでしょうか?

西森氏:AIだけで広告バナーを完成させることは現実的ではありません。しかし、クリエイティブ制作のプロセスにAIを効果的に組み込むことは可能です。

 例えば、クリエイティブ制作では、ディレクターがマーケット調査を行い、訴求軸を設定し、コピーを作成します。その後、デザイナーが構成案を作成し、ディレクターが広告主様と合意形成を図ります。初稿が完成したら、さらにブラッシュアップを行い、完成度を高めていきます。

 これらの工程を細分化し、どの部分にAIを活用し、どの段階でAIを組み込んでプロセスを補強すればボトルネックを解消できるのかを検討しました。

 私たちはこの取り組みを「AIインプリメント」と呼んでいます。既存のビジネスプロセスにAIをどのように盛り込み、どの部分を補強するのかという視点で考えることで、AIの価値を最大化できると考えています。

 業務のAI化を進めるには、ビジネスプロセスマネジメント(以下、BPM)を活用し、社内の業務工程を構造的に整理することが必要だと考えています。

――個別の作業に注目するだけでなく、全体像を俯瞰する視点が必要ということですね。

西森氏:その通りです。AIの導入によって、場合によっては特定の工程をスキップできるようになる可能性もあります。

顧客体験向上のための非構造化データ活用

――今後、顧客体験を向上させるためにどのようにAIを活用していくお考えでしょうか?

西森氏:今は、非構造化データの読み取り技術に注目しています。具体的には、エンベディング、NLP(自然言語処理)、OCR(光学文字認識)などの技術で、これらの進展は特に意識して情報収集しています。

 これに注目する理由の1つは、BPM(ビジネスプロセスマネジメント)の考え方に近いものがあります。広告主様と社内のやり取りをAIに読み込ませることで、ボトルネックがどこにあるのかを把握できる点に価値を見出しています。

 広告代理業では最終的に「人」が提供価値の中心となります。そのため、人材育成に最大限の注力を続けていますが、一方、「人」である以上、クオリティを均質化することは依然として難しい課題です。

 そこで、AIを活用して状況を可視化し、トップセールスやトップコンサルタントと他のスタッフの間でどのような違いが生じているのかを分析し、新たなビジネス機会を発見することに期待を寄せています。

――AIを活用することで、全体的なパフォーマンスを底上げするイメージですね。

西森氏:その通りです。私は個人的に、広告主様とのやり取りをAIで完全に代替することには反対の立場です。もしそこまでAIに任せるのであれば、広告代理事業を続ける意味はなく、プラットフォームと広告主様が直接やり取りをすればよいと思います。

AIによるクリエイティブ分析の新たな可能性

――広告クリエイティブについてはいかがでしょうか。

西森氏:広告クリエイティブの分析業務は、広告業界において長年の課題とされてきました。多くの企業が挑戦を続けており、当社もその一員ですが、十分な成果を上げるには至っていません。この問題を解決するためにAIを活用したいと考えています。

 これまでのクリエイティブ分析では、各クリエイティブに対して「背景色が赤」「レイアウトは商品中央」「訴求はクーポン」「トーンはゆるふわ」といったように、人が要素を一つひとつタグ付けして管理していました。しかし、当社では毎月約1万個ものクリエイティブを制作しており、これらすべてを手作業で分析するのは非常に非効率です。また、タグ付けの幅が狭いため、複合的な要素を捉えきれず、ユーザーに受け入れられた理由を再現性のある形で解明することが難しいという問題がありました。

 さらに、過去のデータを遡って分析する際にも大きな障壁があります。タグ分析によってクリエイティブ効果を説明するためには最新の示唆を用いて過去分のクリエイティブ全てを再集計し、その示唆の有用性を確かめるという工程が必要になります。膨大な数のクリエイティブを手作業で見直すには、相当な工数が必要であり、実現は困難でした。

 そこで期待されるのが、AIを活用した分析手法です。AIが画像を読み込み、要素をデータとしてエンベディングすることで、これまで見つけられなかったグルーピングやパターンが明らかになります。AIは過去の膨大なデータにも迅速にアクセスできるため、人的工数を大幅に削減しつつ、より深い洞察を提供します。

 AIによる非構造化データの分析が進むことで、広告クリエイティブの制作プロセスが劇的に変わる可能性があります。AIが導き出す新たな資産を活用し、明日からのクリエイティブ制作を一歩進化させていくことを目指しています。

――生成AIの進化によって、クリエイターの価値は脅かされるのでしょうか?

西森氏:私はそのような未来は無いと予想しています。仮に、もしそのような状況になるとしても、それはかなり先の話だと考えています。AIで素材の生成は可能ですが、完成したバナーとして仕上げることはできません。最終的には、素材を組み合わせる工程が必要になり、そのためには人が必要です。

 見飽きたクリエイティブには誰も反応しません。そのため、AIの品質が向上するほど、新鮮で目を引くクリエイティブを作れるクリエイターの価値はさらに高まると考えています。

 デザインを単なる作業ではなく、創造的なプロセスとして捉えると、2025年から2026年にかけても、差別化できる能力を持つクリエイターの価値はさらに2倍、3倍と高まるでしょう。

AI時代における検索エンジンの進化とマーケティングの変容

――それでは、今後SEOはどのようになっていくと思われますか?

西森氏:AI主導の検索エンジンは非常に優れていると思います。私自身も『Genspark』や『Perplexity』を日常的に活用していますし、これらの技術は今後さらに一般化していくと考えています。

 また、Googleの検索結果にもAIによる情報が表示されるようになり、それに伴い主要キーワードのCTR(クリック率)が大幅に低下しました。

 例えば、「2025年 春服 オススメ」と検索した場合、以前は広告の下にSEOの検索結果が表示されていました。しかし現在は、広告の下にAIの検索結果が表示され、そのさらに下にSEOの検索結果が配置されています。この変化により、多くの人がAIの結果の方が信頼できると感じ、そちらをクリックする傾向が強まっています。今後もこの傾向はさらに発展していくと考えています。

――そうなってくると、今後のマーケティングは大きく変わりそうですね。

西森氏: はい、大きく変わると思います。現在、多くの人が「どうやってAIを使いこなすか」に注力していますが、今後は「どうやったらAIに選んでもらえるか」という視点が重要になります。

 具体的には、自然言語処理や統計学などをアカデミックに研究し、AIに選ばれるコンテンツやクリエイティブを作らなければ、そもそも競争の土俵に上がることすら難しくなるでしょう。先ほど、ディスプレイ広告における類似度のお話をしましたが、Meta広告においてAIは、類似性の高いものを選択肢から外す特性があると考えています。このため、AIに選んでもらうには、他と似ていないユニークなクリエイティブを作成する必要があります。

 このように、AIがどのような考えにおいてユーザーに出すコンテンツを決定しているかを想像することは検索市場においても重要になります。例えば、AIの自然言語処理が行う分析の裏側には、「記事内の特定の2、3文が参照されている」というような法則があるはずです。これらの仕組みを理解し、コンテンツを最適化することが求められます。従来の被リンクやキーワードの最適化だけでなく、「モノとしてAIに選ばれる」ことを目指す必要があります。

――“生成AI最適化”のような取り組みはあるのでしょうか?

西森氏: これまでのように検索順位に一喜一憂する時代は終わると思います。AIはユーザーカスタマイズの最たるものであり、ユーザーの検索方法によって結果が毎回異なる世界観になります。

 そのため、日次で検索順位を追いかけながらPDCAを回すといった旧来型のWebマーケティング手法では、AI時代に対応するのは難しいでしょう。ただし、大局的に見れば、「今のAIの自然言語処理技術の限界はここだ」という技術的な理解を深めた上でのPDCAは、依然として有効だと思います。

マーケターに求められる新たな視点と能力

――AIによってマーケターの未来はどう変わると思われますか?

西森氏:まず、未来を読むのが難しくなってしまったなぁと感じます(笑)。日進月歩という言葉では言い表せないぐらい日々技術が進化していて、従来の延長には無い発想がスタンダードになってきています。現状を元にした予想をすればするほど、技術革新に乗り遅れてしまうというのもあり得るようなスピード感です。

 そういった前提の中での考えですが、AIは各企業が生み出した利益創出の方程式に最適化されにくいと考えています。

 例えばある企業がサイト内の検証において、「Aという表現よりもBという表現の方がユーザーが購買してくれやすい」という結果を導き出したとして、AIがBという表現を選び、ユーザーに届けるかどうかは別の話です。AIは集合知の産物であり、多くのユーザー行動を分析・学習し続けることで進化するものです。そのため、企業が自社の利益を優先する最適化を行うだけでは、AIに選ばれることは難しいでしょう。

 本当にユーザーのためになることをやり続ければ、AIがその価値を認識し、選んでくれる。つまり、マーケティングにおいて原点回帰のような流れが生まれる可能性があると思っています。

 マーケターとして、自然言語処理やエンベディングなどのAIを構成する技術に対する理解を深めることが求められます。ユーザーのために作ったコンテンツが、AIによる再解釈を経てもユーザーにとって価値あるものであるか。この公式を成立させることが、AI時代のマーケターに求められる重要な能力だと考えています。

――本日はありがとうございました。

会社概要

社名:株式会社 オプト
住所:〒102-0081 東京都千代田区四番町6 東急番町ビル(東京本社)
代表者:金澤 大輔
設立:2015年4月1日
HP:https://www.opt.ne.jp/

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