海外の生成AI事例をまとめてみた

国内でも生成AIの活用が広がり、多くの企業が効率化や顧客サービスの向上に取り組んでいます。

しかし、アメリカをはじめとする海外では一歩先を行く実践例が次々と生まれています。本記事では、世界のさまざまな業界がどのように生成AIを取り入れ、実際のビジネス成果を上げているのかを具体的なエピソードとともに紹介していきます。

国内企業の今後の導入や活用のヒントになる、先進的な事例の数々をじっくりと深掘りしていきましょう。

※この記事は、Podcast「AI未来話」のエピソード「#57 海外の生成AI事例をまとめてみた」を再構成した記事です。

目次

王道編:大手企業が進める生成AI活用事例

生成AIの活用で注目されるのは、何といっても大手企業の取り組みでしょう。金融からマーケティング、そして医療分野まで、業界を超えてAI導入を推し進める代表的な海外企業の事例を紹介します。

モルガン・スタンレーのAI活用事例

モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)は世界的にも名高い金融機関ですが、そのような伝統ある企業も積極的に生成AIの活用に取り組んでいます。特に社内向けのAIアシスタント「AI @ Morgan Stanley Assistant」の導入は、大きな注目を浴びました。

――まずモルガン・スタンレーはどんな目的でAIアシスタントを導入したんでしょうか?

「金融業界、特に資産運用アドバイザーは大量の社内資料を日常的に扱っています。そのため、情報検索やデータ参照を迅速に行えるツールが求められていました。そこでモルガン・スタンレーはOpenAIと提携し、社内専用のAIアシスタントを開発しました。いわゆる『RAG』(検索と生成を組み合わせた手法)を活用し、社内の膨大な資料の中から必要な情報を瞬時に抽出・提供できるようにしました」

――確かに資料検索や情報収集にかかる時間は膨大ですよね。それがAIで劇的に短縮されたわけですね。

「そうですね。導入後は全米にいる財務アドバイザーチームの実に98%、このAIアシスタントを日常的に利用するようになったのです。浸透率98%というのは相当な数字ですよね」

――98%はすごいですね。残りの2%はむしろ気になるところですが…。

「やはりどの業界にも一定の『ラガード(laggard)』(新技術導入に抵抗がある層)は存在しますよね。ただ、それを考慮しても圧倒的な成果です」

――このAIアシスタントによって具体的に業務はどのように変わったのでしょうか?

「大きな変化としては、アドバイザーが顧客とのコミュニケーションにより専念できるようになったことです。従来、社内資料を探すためにかかっていた膨大な時間が解放されました。社内検索、資料確認、チャット形式の質問対応、会議議事録の自動作成など、日本でも見られるようなAI活用法ですが、金融業界のような情報密度が高い現場において、その効果は非常に大きいです」

――特に顧客とのコミュニケーションに専念できるのは、ビジネス的にも重要ですよね。

「まさにそうですね。金融業務というのは、顧客との信頼関係構築が重要なポイントです。その貴重な時間をより充実させるためにも、このAIアシスタントが非常に効果的に作用しています」

アメリカン・エキスプレスのAI活用事例

モルガン・スタンレーと並び、金融業界で生成AIをいち早く取り入れているのがアメリカン・エキスプレス(Amex)です。特に同社は、顧客対応やソフトウェア開発において生成AIを巧みに活用しています。

――アメリカン・エキスプレスが生成AIの活用を検討し始めた経緯はどのようなものだったのでしょう?

「実はAmexは2010年代からすでに機械学習を活用していて、与信審査や不正検知の分野で成果を挙げてきたんです。ただ、2022年にChatGPTが登場して以降、その可能性の広さに改めて気付いたという背景があります。具体的な取り組みとしては、社内で『GenerativeAI委員会』という専門チームを立ち上げ、AIの活用可能な領域を徹底的に洗い出しました」

――専門委員会まで作ったのは本気度を感じますね。具体的にはどんな活用事例が生まれたのですか?

「最終的に約500ものユースケースが検討され、その中から実際に活用された事例としては大きく2つあります。一つは顧客向けのサービス改善、もう一つはソフトウェア開発の支援です。顧客向けのサービスでは、プラチナカード会員向けのコンシェルジュサービスにAIを導入し、大幅な対応時間短縮を実現しました。」

――コンシェルジュサービスのAI導入というのは興味深いですね。具体的にはどういう内容でしょうか?

「例えば、会員から『ペット同伴可能なニューヨークのホテルを教えて』という問い合わせがあったとします。以前ならスタッフが情報をネットやデータベースで調べ、折り返し連絡という手間がかかっていましたが、AI導入後は即座に回答できるようになりました。この改善によって通話一件あたり平均60秒の短縮を実現したんですよ。」

――待ち時間が減るというのは顧客にとっては大きなメリットですよね。

「そうですね。実際、顧客からの満足度も高くなっています。逆に言えば、今の時代、AIを使わないと顧客の期待に応えられなくなるリスクがあるとも言えます。

つまり、人間が対応する場合とAIが対応する場合のサービス速度が同じであれば、多くの顧客は人間による対応を好むでしょう。しかし、AIが圧倒的に早く対応できる場合、人間が好まれる余地が減る。Amexはその現実を理解し、積極的にAI活用を進めているのではないでしょうか」

――ソフトウェア開発でもAIの活用が進んでいると聞きましたが、どんな成果が出ていますか?

「ソフトウェア開発においては、コード生成をサポートする『コードアシスタント』を導入しました。これによりエンジニアの作業時間がおよそ10%削減されたと報告されています。とはいえこの事例は2024年4月の話なので、現在はより効率化されていると思います。」

VentureBeat
How Amex uses AI to increase efficiency: 40% fewer IT escalations, 85% travel assistance boost Amex has more than 70 AI use cases in production, including an IT chatbot that solves issues on its own and a travel counselor assistant.

「また最近、とあるスタートアップのCTOが『エンジニアが手でコードを書くことを禁止』という方針を打ち出して話題になりました。全てAIが生成したコードをベースにして、それを人間がレビュー・修正するという形を採っています。コード生成AIがそれだけ実用的になったことの現れですね」

――コードを書くことを禁止するくらいAIが普及しているというのは衝撃的ですね。

「本当にそうです。近い将来、コードのほとんどをAIが書く時代がやってくると言われています。アンソロピック社(Anthropic)も『12ヶ月後には90%のコードをAIが生成する』と予測していますから、この流れは加速する一方でしょう。Amexもまた、その最前線を走っているということです」

コカ・コーラのマーケティングへのAI活用事例

コカ・コーラといえば、世界的な飲料メーカーであると同時に、マーケティング分野でも先進的な取り組みで知られる企業です。生成AIに関しても非常に早い段階から取り組んでおり、業界のパイオニアとしての役割を果たしています。

――コカ・コーラが最初に生成AIを活用したのは、どのような取り組みだったのでしょうか?

「実はあまり知られていないのですが、コカ・コーラはかなり早い段階で画像生成AIに目をつけ、Stable Diffusionを開発したStability AI社と協力しました。その成果がMasterpiece Campaignと呼ばれるプロジェクトです。具体的には、名画とコカ・コーラの商品をコラボレーションさせたAI生成映像を作り、CM展開などで活用しました」

――画像生成AIと名画の組み合わせというのは非常に面白いアイデアですよね。その後もAI活用は進んだのですか?

「その後さらに大きな取り組みがありました。2022年にChatGPTが登場した際、大手コンサルティング企業のベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)OpenAIが提携して、企業向けの生成AI活用プログラムを立ち上げました。その記念すべき初の企業パートナーとして名乗りを上げたのがコカ・コーラだったのです。これにより、社外の最先端知見を取り込みつつ、社内に生成AIの実験文化を根付かせることに成功しました」

――非常に積極的に取り入れているのが分かります。具体的な成果としてはどんなものが挙がっていますか?

「具体的な取り組みの一つが、有名なコカ・コーラのサンタクロースCMを現代風にアレンジして、AIで再制作するというプロジェクトでした。伝統あるブランドを現代のテクノロジーで再定義するという非常に野心的な試みでしたが、実際には公開直後に少々炎上してしまいました」

――炎上してしまったというのは意外ですね。どんな理由だったのでしょう?

「視聴者からは『AIで作った映像が不気味で気持ち悪い』という声が多数寄せられたのです。実は、AI生成のCMが炎上するという事例は他社でもありました。新しい技術を取り入れる際には、消費者の感性や許容度を考慮する必要があるという課題を示しています。ただし、コカ・コーラのマーケティングチームは、この失敗をポジティブな学びとして捉え、次の展開につなげているようです」

――失敗から学びを得て次に活かすというのは重要ですね。その後、コカ・コーラはAIをマーケティング以外にも広げていると聞きましたが?

「はい、コカ・コーラは2024年4月にMicrosoftと5年間にわたる戦略的提携を発表しました。この提携は、マーケティングだけでなく全社的な業務効率化を目指すもので、MicrosoftのAzureクラウドに11億ドル(約1500億円)もの巨額の投資を決めています。つまり、マーケティングにとどまらず、全ての業務領域にAIを取り入れ、業務効率化を推進していくという強い意志を示しています」

――マーケティング分野から始まって、全社規模へと広がったというのは興味深いですね。

「そうですね。現在、MicrosoftのAzureをベースに、Office系アプリケーションやコパイロット機能と連携し、業務効率化の可能性を具体的に検証しています。マーケティングだけでなく、経営や業務運営全体の効率化までAIを活用して推し進めているのが、今のコカ・コーラの姿ですね」

医療現場での診療記録自動化

金融やマーケティング業界に比べて、医療分野ではAI導入が慎重になりがちですが、それでも生成AIの活用は確実に進んでいます。特にアメリカの医療現場では、医師の負担軽減を目的とした診療記録の自動化プロジェクトが注目されています。

――医療現場で生成AIが注目されるようになった理由とは何でしょうか?

「アメリカの医療現場では、医師が診療以外の事務作業、特に診療記録の作成に膨大な時間を費やしていることが問題視されていました。電子カルテの導入によって、紙からデジタルに移行しましたが、それに伴い医師が患者との対話ではなく画面に向かってタイピングする時間が増え医師の『バーンアウト(燃え尽き症候群)』が深刻な問題になったのです

――確かに、診療時間より記録作成に時間を取られるのは本末転倒ですね。そこでどのようなAI導入が進んでいるのでしょうか?

「現在、マイクロソフトと医療IT大手のエピック(Epic)が協力して開発している『Dragon Copilot』という生成AIが注目されています。これは、診療中の医師と患者の会話をリアルタイムで音声認識して自動的に要約し、電子カルテに記録するという仕組みです」

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――音声をリアルタイムで記録・要約するのは画期的ですね。これにより具体的にはどのようなメリットが期待されていますか?

「大きなメリットは、医師が診療記録作成の負担から解放され、患者との対話に集中できる点です。特にアメリカの医師は膨大な文書業務を抱えており、その負担が診療の質にも影響していました。AIがリアルタイムで記録を取ってくれれば、医師は画面を見つめる時間を減らし、より患者に寄り添った診療を行えるようになるのです」

――それは医療現場におけるAI活用の大きな理想形ですね。ただ、医療分野特有の課題もありそうですが?

「そうですね。医療現場で特に懸念されるのは、AIによる誤認識や『ハルシネーション(AIによる架空情報の生成)』のリスクです。診療記録は正確性が極めて重要ですので、慎重に導入される必要があります。現状、アメリカではまだ本格導入ではなく、小規模な試験的運用を通じて段階的に安全性や品質を確認しています」

――確かに医療現場では間違いが許されませんよね。導入に際して、どのような工夫がなされているのでしょうか?

「現時点では、AIが作成した記録を医師が最終的に確認・修正する方式を採用しています。あくまで『AIは診療のサポート役』という位置づけです。この方式は、いきなり完全な自動化を目指すのではなく、人間とAIが協力して徐々にAIの精度や信頼性を向上させていくという安全かつ現実的な方法です」

――このようなAI活用は日本でも導入できると思いますか?

「日本でも『PLAUD NOTE』のような音声AIツールがヒットしていますが、こうした仕組みを医療分野に特化させれば、同じような効果が期待できるかもしれません。ただ、日本では電子カルテ化自体がまだ十分普及していない病院も多く、まずは電子カルテの普及が前提でになりそうです」

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あまり知られていない最新の生成AI活用事例

実は意外な業界や、あまり知られていない分野でも、生成AIが驚くべき成果を挙げています。この章では、特に注目すべき事例を見ていきましょう。

中古車業界のレビュー要約AI

中古車業界は日本でも大規模市場ですが、アメリカではさらに巨大な産業となっています。アメリカの中古車販売最大手『カーマックス』では、生成AIを活用して、膨大な顧客レビューの要約を自動化しています。

――中古車販売がどうやってAIを活用しているのですか?

「アメリカでは、中古車を購入する際、顧客は非常に多くのレビューを参考にします。特定の車種に対して数千もの口コミが投稿されていることも珍しくありません。

しかし、レビューが多すぎて、本当に重要なポイントを見極めるのが難しいという問題がありました。顧客は大量の口コミから共通点を自分で探し出し、なんとなく判断するしかなかったのです。そこでカーマックスが目をつけたのが生成AIを活用した『レビュー要約AI』でした」

――具体的にはどのような方法でレビューを要約しているのですか?

「生成AIが膨大なレビューを自動で解析し、それらを短く要約して、車種ごとの評価ポイントや共通した特徴をまとめています。例えば『この車は燃費が良く、乗り心地も快適だが、収納スペースが狭い』というように、顧客が購入判断で知りたい情報をコンパクトに提示しています」

――それによって成果は出ているのでしょうか?

「カーマックスは数ヶ月の間に、約5,000車種に及ぶレビュー要約コンテンツを作成しました。この作業を人間が手作業で行った場合、約11年かかる量だったのです。しかも、その品質は非常に高く、生成された要約の80%は修正不要という精度を達成しています」

――11年分の作業をわずか数ヶ月で完了したのは驚きですね。スタッフの負担もかなり軽減されたのでは?

「その通りです。AIが要約作業を担当したことで、スタッフはレビューをまとめる負担から完全に解放されました。その結果、スタッフはより付加価値の高い業務、例えば顧客への対応やサービス品質の向上に集中できるようになりました」

――顧客にとっても非常に便利そうです。実際の顧客満足度やビジネスへの影響はどうでしょうか?

「AI要約をサイトに掲載したことで、副次的な効果としてSEOが劇的に向上しました。サイトへのトラフィックも大きく増加しています。要約コンテンツが顧客にとって有益な情報源となり、サイト全体の価値が高まったことで、業務効率化と売上向上を同時に達成することができました」

――AIの活用で一石二鳥どころか、それ以上の効果が出ているんですね。

「まさにそうです。業務の効率化、スタッフの負担軽減、顧客満足度の向上、さらにSEO対策までできる。一つのAI活用が多面的な成果を挙げる好事例となっています。これは日本の中古車業界を含め、他業界でも参考にできると思います」

ウェンディーズのAIドライブスルー注文

アメリカの大手ハンバーガーチェーン『ウェンディーズ』が導入した『AIドライブスルー注文』システムは注文対応を自動化することで、従業員の負担を軽減し、顧客の待ち時間を短縮することに成功しています。

――ドライブスルーの注文をAIが対応するとは面白い発想ですね。実際にはどのような仕組みで運用されているのでしょうか?

「顧客がマイクに向かって注文をすると、その音声が即座にテキスト化されます。バックエンドで動いている生成AI(LLM)が注文内容をリアルタイムで解析し『オニオン抜き』『チーズ追加』といったカスタマイズの要求にも人間と同じように柔軟に対応します。注文が確定すると、内容は自動的にPOSレジに送信され、厨房スタッフがすぐに調理を始められる仕組みになっています。」

――人間と変わらないほどスムーズに対応できるのは驚きですね。導入によってどのような効果が出ましたか?

「最も大きな効果は、注文対応時間の短縮です。ファーストフード店では提供速度が非常に重要であり、わずかな秒数の差が顧客満足度に大きく影響します。ウェンディーズでは、AIドライブスルーを導入した店舗で平均22秒の提供時間短縮を実現しました

――22秒と聞くと小さく感じますが、実際にはどのくらいのインパクトが?

「ファーストフード業界では、注文を受けてから商品提供までの時間を1秒でも短縮することが競争力の重要な要素です。例えば、私たちが過去にアルバイトをしていたマクドナルドでも、提供時間を1分以内に抑えるという目標がありました。それを考えると、平均22秒短縮というのは非常に大きな成果であり、店舗の生産性を飛躍的に向上させます。」

――実際の精度はどうでしょうか?AIの注文処理にミスなどはないのでしょうか?

「導入初期のテスト店舗での結果を見ると、約86%の注文が完全にAIのみで問題なく処理されました。残り14%の注文に関しては、人間が後からフォローしており、最終的には99%近い注文が正確にPOSレジに送信されています」

――なるほど、これはかなり信頼できる精度ですね。今後この仕組みが普及すると、店舗の運営はどう変わっていくでしょう?

「まず、従業員が注文対応に追われることがなくなり、調理や顧客への対応など、より重要な業務に専念できるようになります。また、AIドライブスルーが一般化すれば、レジ業務自体が不要になる可能性もあります。キャッシュレス決済が進んでいることも考えると、ドライブスルーだけでなく店舗内の注文も完全に自動化される日が来るかもしれません。」

――日本でも同じような仕組みを導入する可能性はありますか?

「十分に考えられます。特に日本のマクドナルドは、世界的に見てもオペレーションが標準化されていることで有名です。ウェンディーズのAIドライブスルーの成果が明確であれば、日本国内でも迅速に同様の仕組みが導入される可能性は高いでしょう。気がついたら、日本のドライブスルーもAI対応になっているという未来がすぐそこに迫っていますね」

電力会社AES社の監査プロセス自動化

生成AIの導入事例は、私たちが普段あまり意識しないインフラ産業にまで及んでいます。アメリカに本社を置くグローバル電力企業であるAES社は、安全監査プロセスの自動化に生成AIを活用し、作業時間を驚異的なレベルで短縮することに成功しています。

――インフラ産業におけるAI活用というのは少しイメージしづらいですが、具体的にはどんな作業をAIで効率化したのでしょうか?

「AES社がAI導入に取り組んだのは、発電所や変電設備の安全監査業務です。従来の安全監査は、現場スタッフが設備を点検し、データを収集し、本社スタッフが報告書を作成するという3つの工程で行われていました。この作業には、一度の監査で最大2週間という長期間が必要であり、多くの人手と時間が投入される大規模な業務でした。」

――確かに大規模施設の安全監査は非常に煩雑で、時間がかかりそうですね。その工程をAIはどのように効率化したのでしょうか?

AES社は、Google Cloudの生成AI基盤『Vertex AI』とアンソロピック社の『Claude』を組み合わせた独自の自立型AIエージェントを開発しました。このAIエージェントは、設備に設置されたIoTセンサーやログシステムからリアルタイムにデータを収集し、安全基準に適合しているかを24時間常時チェックしています。」

――24時間常に監視しているというのは人間には不可能な作業ですよね。どんな監視が行われているのですか?

「例えば、施設の温度や圧力の変動、設備のメンテナンス状況、スタッフの点検記録などをAIが継続的にモニタリングしています。何か異常が見つかれば即座にアラートを発信し、リスクの深刻度に応じて優先順位をつけて問題解決を促します。さらに、過去の監査データとも比較し、潜在的なリスクを予測・提案することも可能です。」

――AIが24時間体制で常時監視することで、人間によるチェックが劇的に減ったということですか?

「まさにその通りです。AIがデータの収集、解析、リスク評価、報告書作成という一連の流れをほぼ全て自動的に処理するため、従来必要だった人間の作業が劇的に減りました。

実際に導入後の監査時間は従来の最大14日間からわずか1時間に短縮され99%以上の時間短縮に繋がりました

――14日間が1時間?!

「そうなんです。私も最初にこの事例を知ったときは疑いましたが、事実です。このAIシステムが監査業務のほぼ全てを担い、人間はAIが作成した報告書を最終チェックするだけで済むようになりました。結果として、監査コストは99%削減されました。」

――監査の精度にも影響はありましたか?

精度も10~20%程度向上しています。AIによる常時モニタリングでヒューマンエラーのリスクがほぼ無くなったことが大きな要因です。人間が監査を行うとどうしても見落としやミスが起きやすくなりますが、AIの場合は同じ作業を継続的かつ均一な精度で実施できます。これにより安全監査の信頼性が飛躍的に向上しました。」

製薬業界におけるAI活用と新薬開発の未来

製薬業界における新薬開発は、莫大なコストと長期間の研究が必要となる分野です。そんな中、生成AIが新薬開発プロセスに画期的な変化をもたらしつつあります

――製薬業界で生成AIの導入が進んでいる背景について教えてください。

「従来の新薬開発は新薬の完成まで平均で約10年、費用も約3,000億円が必要とされています。この理由は、新薬の候補となる化合物を一つひとつ実験で検証しなければならないためです」

――その非効率なプロセスをAIが改善できるということですね。AIはどのような役割を果たすのでしょう?

「生成AIは新薬候補となる分子構造を自動生成し、膨大な選択肢の中から有望な候補を効率的に絞り込むことができます。従来は研究者が試行錯誤で分子構造を設計し、実験を繰り返す反復作業でしたが、AIが膨大な過去の化合物データや生命科学情報を学習し、有効性が期待できる分子を高速で提案します」

――AIが提案した候補分子の精度や成果はどうでしょうか?

「実際にアメリカのバイオ企業が新型コロナウイルスの治療薬開発に生成AIを導入した事例があります。このケースでは、AIがウイルスの構造を詳細に分析し、従来の研究では見落とされていたウイルス表面の隙間に結合できる全く新しいタンパク質分子をデザインしました。この分子はAIが独自に発見したもので、人間の研究者ではおそらく気づかなかったアプローチでした」

――AIによる全く新しい視点での発見というのは興味深いですね。他にはどのような成果が挙げられていますか?

「別のアプローチとして、AIが既存の膨大な化合物データベースを分析し、ターゲット疾患に有効な化合物を逆引きで探すという方法もあります。AIは過去のデータをもとに、有効性が高いと推測される化合物を事前に選別し、研究者が実験する候補を効率的に絞り込むのです。この方法により、新薬候補の発見期間を大幅に短縮することに成功しました。」

――新薬開発の期間が具体的にどのくらい短縮されたのでしょうか?

「AI導入以前は、新薬候補の発見から最初の試験段階(臨床試験)まで3~5年かかっていましたが、AI導入後はこれが約1年半にまで短縮されました。つまり、半分以下の期間で次のステージに進めるようになったのです。まだAGI(汎用人工知能)の実現には至っていませんが、それでも現状の生成AIだけで新薬開発プロセスを劇的に効率化できていることが分かります」

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エンディング

――ここまで多様なAI事例を見てきましたが、どの事例が最も印象的でしたか?

「やはりAES社の安全監査プロセス自動化の事例が特に衝撃的でした。14日間かかっていた業務をわずか1時間に短縮し、監査コストを99%削減したというのは、AIがいかに効果的に働くことができるかを象徴する事例です。また、製薬業界における新薬開発の効率化も、人間が苦手な膨大なデータ処理をAIが支援するという、AI活用の典型的なパターンでした。」

――確かに、人間には向かない業務をAIが効率化するというのは共通していましたね。

「その通りですね。AI活用の本質的なポイントは『人間にとって苦手な領域』をいかにAIに任せるかです。反復的な業務や膨大なデータ分析といった作業は、AIに任せることで精度も効率も格段に上がります。

逆に、人間が強みを持つ部分は、引き続き人間が主導する形になるでしょう。この人間とAIの『適切な役割分担』が、今後のAI活用において最も重要な視点だと感じました」

まとめ

海外の生成AI活用事例を見てきて浮き彫りになったのは『適切なAI活用領域の見極め』と『データ活用基盤の重要性』の2点です。生成AIを導入した多くの企業が明確な成果を挙げている背景には、AIの得意・不得意を理解し、活用領域を適切に選択している点があります。

また、もう一つの大きな鍵は、企業が保有するデータの量と質です。今回取り上げた企業はいずれも、大規模かつ良質なデータをAIに提供することで、AIが持つ本来の性能を最大限に引き出しています。逆に言えば、AIの性能を発揮させるためには、まずデータ化できる環境を整える必要があり、それがAI導入のボトルネックにもなります。

日本企業が今後AIを取り入れる上では、このようなデータ基盤の整備や業務設計の見直しが不可欠になるでしょう。特に『計測しなければ始まらない』というデータ活用の不可逆性を考えると、一刻も早く取り組みを始めるべきです。早期に着手した企業ほど大きなアドバンテージを得られることは間違いありません。

AI活用はもはや特別な先進企業だけのものではありません。今回紹介した海外事例を参考に、AIの可能性を理解し、自社の強みを活かした活用法を模索していくことが、日本企業がグローバルな競争力を維持・強化していくための重要な第一歩になるはずです。

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